「あなたが迫害しているイエスである」

使徒言行録 9章1~19節
詩編 86編1~13

 

 キリスト者を激しく迫害していたサウロ(=パウロ)が、世界伝道の器へと(15節)回心を遂げていった箇所です。“回心・悔い改め”を意味するメタノイアの原意は、視点・思い(ノイア)を変える(メタ)ということです(マルコ115)。では、このときからサウロの生き方はどのように変わっていったのでしょう。

 彼が迫害に熱心であったのは、キリスト者は神の民イスラエルの救いの根拠を破壊し、自らを含め救いに入れられるための努力をないがしろにする者と映ったからでした。パウロ自らこのことを振り返っているガラテヤ113~において、回心を境に主語が“わたし”から“神”に変わっていることは重要です。彼は自らの努力に先立って、生かされている恵みにこそ生の根拠があることを見出したのです(フィリピ312)。

 またローマ321~、ガラテヤ323~など、パウロは主イエスが来られた以前・以後で歴史を分けて記します。降誕を遂げ十字架でその命をも分け与えられたことに神の歴史への大いなる介入を、そして救いの礎があることに目を開かれたのでした。人が大いなる祝福へとつながれゆく救いは自らの努力の向こうにではなく、「何の差別も」ない(ローマ322)神の大いなる愛によると知ったパウロは、この招きを告げ知らせるべく、異邦人伝道へと立っていきました。

 「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。…福音のためなら、わたしはどんなことでもします。」(Ⅰコリント91923)とは、主イエスの十字架に従おうとするパウロの信仰の告白です。主の恵みを知らされ救いへと招かれた者は、変えられたその生き方を主に捧げゆくのです。

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