「記念の名を刻む」

使徒言行録 8章26~40節
イザヤ書 56章1~8節

 

 27「エチオピア」とはエジプトの南、現在のスーダンのあたりにあった王国を指します。当時の地中海世界の人々にとっては地の果てとも言うべき所であり、そこからこの高官ははるばるエルサレム神殿まで礼拝に来ていたのです。熱心に神を求めつつも、彼には憂いがありました。律法によれば27「宦官」は主の会衆に加わることはできなかったからです(申232)。

 その彼のもとにフィリポが遣わされました。フィリポは 2「大迫害」によってエルサレムを追われたヘレニストキリスト者の一人です(65)。主のみ旨・導きが、二人を出会わせたのでした。

 この高官が30「イザヤの書」を手にしていたのは、偶然ではなかったのかもしれません。イザヤ56章には、異邦人そして宦官も熱心に求めるならば主の祝福へと迎えられ 5「とこしえの…記念の名」が刻まれるとの慰めの預言があるからです。

 高官はこのとき、イザヤ53章“苦難の僕”の箇所を朗読していました。フィリポはこれは十字架の主イエスの預言にほかならず、その犠牲によって救いの道がすべての者に開かれたことを説き明かしました。35「福音」を受けとめた高官は主イエスの名による37「洗礼」を受け、39「喜びにあふれて」国に帰ったのでした。

 使徒言行録における、最初の異邦人キリスト者の誕生です。福音は「あらゆる国の人々に宣べ伝えられる」(ルカ24:47)、「あなたがたは…地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(1:8)と主イエスが言われた神の計画と、その神を求める異邦人の熱心が交わったところにそれは起こったのでした。 5「とこしえの…記念の名」を刻みたいとの神の働きは、今も進んでいます。

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