「旅路を歩む神の民」

使徒言行録 7章1~10節
イザヤ書 41章8~10節

 

 6章冒頭には、発展に連れ教会には 1「ギリシア語を話すユダヤ人」(ヘレニスト)も加わってきたとあります。 1「ステファノ」はそのグループで指導的役割を担った信仰者でした(65)。

 捕縛され立たされた最高法院で、彼はイスラエル人の父祖 1「アブラハム」から起こして主イエスに到る神の救いの歴史を語り始めました。アブラハムが神の約束と 8「契約」を信じて行き先を知らない旅に出たこと、これは壮大な神殿に依り頼んでいた 1「大祭司」らへの痛切な批判でもありました(5節)。その曾孫 9「ヨセフ」がエジプトへと追いやられた時も、 9「神はヨセフを離れ」なかったのです(イザヤ4110)。

 同志社は今年3月、ごみを不法に処理し続けてきたことで刑事処分を受けました。法人第三者委員会による調査報告書では、拡大・複雑化した学園にあっての当事者意識と相互チェック欠落の問題点がきびしく指摘されています。創立者新島襄が遺言で、“同志社は隆なるに従ひ機械的に流るるの恐れあり”と語っていたことを思い起こすべきでしょう。

 使徒言行録は「ある者は…受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった」と、宣教の厳しさを描いて閉じられます(2824)。これは、意見が「一致しない」(同25節)世にあって、教会はその業を受け継ぎ派遣されゆくことを指し示していましょう。主の希望の約束のその日まで、教会と信仰者は旅路を歩み行くのです。

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