子どもの日・花の日合同礼拝 「言葉が通じなくなるお話」

創世記 11章1~9節

 

 外国に出かけると言葉が通じないために、大変な目にあったり愉快な体験をします。逆に、言葉の壁を超えて思いが通じたときはうれしくなります。また、国内でも言葉が分からず、困ってしまったこともあります。そして意味はわかっても、その言葉を受け入れず争い合う愚かさを人間は繰り返してきました。

 “バベルの塔”のお話は、なぜ 7「聞き分けられ」ない言葉が生まれたかを語っています。 4「…天まで届く塔…を建て、有名になろう。そして…散らされることのないようにしよう」と、自分が一番になりついには神に成り代わろうとしたとき、互いの言葉が通じなくなったのでした。他者を押しのけての自己主張は、意思疎通を阻害し、ついには孤立へと至ることがここには語られています。

 礼拝の終わりにあるのは派遣、 4「散らされ」ていくことです。私たち一人一人の歩みと働きは異なります。一番になることではなく、与えられたステージで自らを発揮し元気に歩みゆけと、私たちは神さまから押し出されていくのです。

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