ペンテコステ礼拝 「聖霊が鳩のように」

使徒言行録 2章1~4節
創世記 8章6~22節

 

 ノアの箱舟物語で、 8「鳩」は水がひいたことを確かめるべく三度放たれました。罪に対する裁き(613)が終わったことを告げる鳩は、こうして神からの和解と平和(21節)の使者として記憶されることとなりました。

 4福音書は、主イエスが洗礼を受けられたとき神の霊が「鳩のように」(マルコ110等)降ったと記します。神の度重なる働きかけを頂きつつも罪の呪縛から解放されることのなかった地と生けるものに真の和解と平和をもたらすべく、この方がおいでになられたことを指し示していましょう。

 こうして「鳩」は、神の霊の象徴ともなりました。使徒言行録の記すペンテコステの記事に「鳩」は現れませんが、地に生きる個々人にも降り働きかける 4「聖霊」もキリスト教美術において「鳩」の姿で描かれるようになりました。

 1950P.ピカソは鳩と女性の顔を組み合わせた“平和の顔”シリーズ29点を描き、P.エリュアールが寄せた詩と共に翌年出版されました。“私は鳩のあらゆるすみかを知っていた。一番自然なそのすみかは人の頭であるということも。” “地のうみ出したものよ 地のはなひらかせたものよ。生きている肉よ。生きている血よ。それらは二度と再びいけにえにされてはならないのだ。” “反省のつばさの下に美しいものが役立てられているのだということを、人の顔はしっている。” … 、こうした29編の短い詩が続きます。

 聖書のメッセージと重ね合わせて受けとめるならば、和解と平和をもたらす神の働きかけ、 4「聖霊」は自由にそして何度もこの地を訪れているのです。にも拘わらず、人々の“頭”に 9「止まる所がみつからなかった」のではないでしょうか。

 “なんと永い間、人は人をおそれつゞけてきたことであろう。頭の中にもってこられるべき鳥たちをさえも-。” “お前のつばさをひろげよ。美しき頭よ。かしこい世界に伝言せよ。それから私共は現実となるだろう。” 砕けた心をもって神の働きかけを受け入れ、導かれるゆくときに、和解と平和への歩みが始まることを胸に刻みたく思います。

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