「神の家」

ヘブライ人への手紙 3章1~6節
創世記 28章10~19節

 

 イスラエル人の先祖は遊牧民であり(創473)、移動式の幕屋(テント)が家でした。定住の家をもつようになるのは出エジプトを経てのカナン定着後であり、その後も亡国と捕囚という苦難を味わったのでした。

 自らの奸計の結果として家を出ることとなったヤコブは野宿した夜、夢の中で自らに語りかける主に出会いました。目覚めた彼は恐れおののきつつ、その場所を19「ベテル(神の家)」と名づけ、聖所としました。13「アブラハムの神、イサクの神」と聞かされてきた主が、さすらう私とも共におられ導かれることに彼は目を開かれたのです(詩1397~、イザヤ661~等)。

 一昨日ある教会の献堂式で、“主なる神は天地の創り主ゆえ、私たちはどこでも主に出会える。が、ヨナに「さあ…ニネベに行って」と言われたように(ヨナ12)、この主は私たちに行き先を告げられる。この言葉に従うときに私たちは真に主に出会うのだ。”との説教を聴きました。

 ヨハネ福音書の記す「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」の原意は、“わたしたちの間に幕屋を張られた”です。ゆえに、地上であってもこの方が治められる場所が 6「神の家」なのだと告げられています。ここではまず教会が想定されていましょう。が、 4「万物を造られたのは神」であるがゆえにキリストはその枠を超えてみ腕を振るわれ、教会にはその主に従いゆくことが求められています。

 ドイツ中央部に、障がいをもつ人々、高齢者、ホームレスの人たちが安心して暮らせる福祉と医療の町があります。1867年に最初の施設が作られて間もなく、この町は19「神の家」を意味するべーテルと名づけられました。その後、優生思想にたって障がい者を抹殺しようとしたナチス・ドイツとの戦いも経て、今日に至るまで約150年間その働きは続いています。

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