「正しさを超えて」

ルカによる福音書 16章1~13節
創世記 8章13~22節

 

 16世紀末、豊臣秀吉の朝鮮出兵により日朝の国交は断絶、その後の徳川幕府による正常化交渉も難航しました。このとき対馬藩は両国の国書を偽造・改ざんまでして仲介にあたり、両国ともこれを黙認、その結果通信使が江戸時代に12回もやって来る関係改善をみたのでした。今日の両国はこうした史実をも振り返り、関係改善に向けて知恵を尽くす必要があるように思います。

 ルカ16:1~で主イエスは 8「不正な管理人」がほめられたという不可解なたとえ話をされました。私たちはこのお話をどのように受け止めうるでしょう。

  5「主人に借りのある者」の借財 6「油百バトス」 7「小麦百コロス」というのは、法外な量です。そう簡単には返せそうにない借り、それは神と他者の前に抱える私たちの多くの負い目・罪のことではないでしょうか。私たちは独力でこの負債を支払う力をもっていないのです。

 ここに管理人が現れます。自らの責任において負い目ある者の負債を免じたこの管理人とは、主イエスご自身なのではないでしょうか。このたとえ話で、 8「不正な管理人」がその後どうなったかは記されていません。主イエスは、世と人々の罪を赦す代わりに十字架上でその命を捧げられました。

  8「この不正な管理人の…やり方をほめた」ということは、この管理人に倣えということです。私たちは何を倣うことができるでしょう。それは、“我らに罪をおかす者を我らがゆるすごとく、われらの罪をもゆるしたまえ”と祈るように、主の大いなる赦しの内にある私たち自身も互いに受け入れ合う関係に生きることです。

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