「その種は誰のものか」

ルカによる福音書 16章19~31節
レビ記 25章1~7節

 

 1968年に開かれた世界キリスト教協議会ウプサラ会議での論議をもとに、神学者H. ゴルヴィツァーは『富めるキリスト者と貧しきラザロ』との本を書き、19「ある金持ち」とは20世紀にあっては世界の豊かさの多くを手にしているキリスト者のことではないかと問いかけました。

 それから40年後の2008年、映画“モンサントの不自然な食べもの”(フランス・カナダ・ドイツ合作)が制作され、日本でも今年から順次公開されています。モンサント社はこれまで農薬・除草剤・PCB・枯葉剤などを製造販売してきた、多国籍バイオメーカーです。そして今日、遺伝子組み換え作物の種に特許を取得してそのシェア90%を握ると共に、世界の種苗会社の多くを買収しつつあります。その結果生産者はこの種を買うしかなく、世界の食料が同社の支配下に置かれる危険が高まっています。この映画をはじめとする警鐘により、モンサント社はヨーロッパの穀物種子事業からは撤退を余儀なくされましたが、果たして日本ではどうなるでしょうか。

 26「わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって」との言葉は示唆的です。人間の欲は種や食料をも26「淵」で囲い込んで、わが利益としようとするのです。これは天の義と恵みに挑戦しようとする人間の大きな罪ではないでしょうか。

 一方、主イエスは十字架の犠牲を通して、人々を隔てる26「淵」を取り除かれたのです(エフェソ2:14~)。この方に導かれ励まされつつ、私たちも硬直したあり方から解放されて歩むことが求められています。

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