「つまづきは避けられないけれども」

ルカによる福音書 17章1~10節
詩編 11編1~7節

 

 イソップ寓話集のお話です。ある五種競技の選手が遠征から帰ってきて“各地で活躍し、特にロードス島では誰もしたことがないほどの跳躍をした”と自慢しました。するとすぐに声がかかりました、“ここがロードスだ、ここで跳べ”。このお話は皮肉であるだけではなく、与えられた場で精一杯歩むことの大切さを教えてくれます。

 主イエスは 1「つまづきは避けられない」と、私たちの歩む場に時に課題が起こり来ることを語られました。詩編11編では、 3「世の秩序が覆っている」のだ 1「鳥のように山に逃れよ」と勧める声に、この地になお主の 4「御目」が注がれているのだからここで生きていくのだと詩人は答えています。

  5「信仰」とは、課題ある中にも注がれる真のまなざしを信じ、助け導く御手があることを仰いで歩むことです。ですから 5「信仰」は量で測り得るものではありません。私たちがあきらめざるを得ないような時に、主の御業は思いもかけないステージへと私たちを導かれるのです(5・6節)。このことを仰ぐとき、時に危機はチャンスになるでしょう。

 課題ある中御手を頼りに進み行こうとする私たちの歩みは、華々しくはないかもしれません。でも10「わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです。」と答える者の歩みを主はそのまなざしに捉え、良しとされるのです。

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