「わたしたちの本国は天にある」

フィリピの信徒への手紙 3章17~21節
出エジプト記 20章1~6節

 

 敗戦70年を踏まえ、今年度私たちの教会はコイノニア会(修養会)・北羊会(学びの会)を通じて、戦争体験を共有しました。キリスト教への敵視、1945710日仙台空襲による会堂焼失をはじめ、当教会と会員も多くの痛みを負ってきました。一方、その戦争にどのように相対し歩んだのかを振り返る視点も重要です。

 戦争遂行を目的として施行された宗教団体法をきっかけに成立した日本基督教団は戦時中、統理が伊勢神宮を参拝、軍用機献納運動を行い、植民地下の教会に“大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰”を書き送って戦争完遂を呼びかけました。しかし敗戦後も、これらの総括はなされませんでした。教団がその責任を公に表明したのは、1967年に出された“戦争責任告白”においてでした。

 なぜ総括がなされたかったかについて、当教会の120年史は①天皇崇拝と正面から闘ったキリスト者がいなかったこと、②国の唱えた一億総懺悔論に教団も追随したこと、③占領政策として天皇の戦争責任追及が行われなかったこと、④被害国である中国・朝鮮との交流が遮断されたこと、⑤いわゆる逆コースへの占領政策の変化、との理由を挙げつつも、キリスト者であることと“臣民”であることが両立しうる信仰の質の問題と言わねばならないと指摘しています。

 十戒は唯一の神を仰ぎ偶像を排すべきことをまず求め、20「わたしたちの本国は天にあり」「地上では旅人であり寄留者である」(ヘブライ1113、口語訳)と新約聖書は呼びかけます。

 “戦争責任告白”は教会が「地の塩」「世の光」(マタイ5:13~14)足り得なかった責任について述べていますが、偶像礼拝や植民地支配については触れていません。辿ってきた歴史のゆえ、日本の教会と私たちは平和を求めつくり出していく責務へと歩み参与すべく招かれていることを思います。

 2月11日は、信仰者の社会的責任を覚える“信教の自由を守る日”です。

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