「信じる者になりなさい」

ヨハネによる福音書 20章24~29節
コヘレトの言葉 11章1~5節

 

 主イエスが復活を遂げ弟子たちに現れられた場にいなかったトマスは、25「…手に釘の跡を見、この指を釘跡に…この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と言いました。このトマスは、私たちをはじめ後の時代の信仰者たちの代表でもあります。私たちも弟子たちのようなかたちで、復活の主に出会いはしないからです。

 彼のこれまでの発言を振り返るとき(1451116)、懐疑家というより生の価値を愚直に求めていた人物との印象を持ちます。そのトマスに自らを現された復活の主は27「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と呼びかけられ、トマスは28「わたしの主、わたしの神よ」と信仰を言い表したのでした。

 彼は主の傷跡に証拠を見出したのではなく、世のために十字架を負われた主イエスの犠牲と自らへの招きを見たのです。この福音書が記してきた「しるし」(21145462149161217)も驚きによって神を指し示すものではなく、主イエスが世と生ける者を祝福へと招き帰すべくその業と命を注ぎ出されたわざであり、その先に十字架があったのでした。ここからトマスは信じて他者のために生きる道へと導かれ、インドまで伝道しそこで殉教したとの伝説が残っています。

 今日併せて開いたコヘレトの言葉も、私たちの生が 5「神の業」の内に置かれていることを信じ、恵みを 2「分かち合」いゆく生への招きです。

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