世界聖餐日礼拝 「福音に共にあずかるために」

コリントの信徒への手紙 一 9章19~23節
出エジプト記 33章12~17節

 

 今年のコイノニア会(修養会)は、“一歩踏み出す教会へ”とのテーマのもと、私たちの教会の宣教のあり方について考えようとしています。

 伝道者パウロは19「わたしは…自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。」と、宣教にかける熱意とその方針を示しています。ここでは19「なりました」との語の意味をよく考える必要があるでしょう。

 “水戸黄門”では、水戸藩主である水戸光圀が一町民になって世直しの旅に出ます。でも窮地の中、印籠をかざしてご隠居は“天下の副将軍”に戻るのです。

 でも私たちの主は、神の全き19「自由」を捨てて世に下り一人の人となられました。それはすべての人の友・19「奴隷」となって、その命を十字架で分け与えるためでした。主は人に“なってみせた”のではありません。

 神が人となられた、これは大きな愛の出来事でした。また人々はこの主イエスに出会って、生き方が変えられるそれぞれの出来事を体験したのです。

 主イエス昇天後の信仰者たちは聖霊の働きかけによって、この出来事を求めてきました。宣教とは、この出来事に与ることです(23節)。

 人となられた主イエスは、「隣人にな」りなさいと教えられました(ルカ10:37)。この主に動かされて、パウロは22「すべての人に対してすべてのものに」なりたいと祈ったのです。

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