クリスマス礼拝 「平和の計画」

テトスへの手紙 2章11~14節
エレミヤ書 29章10~14節

 

 “キリストがベツレヘムに生まれ給うこと千度に及ぶとも、汝が心の中に生まれ給わずば汝が魂は捨てられてあり”、17世紀ドイツの宗教詩人、A.シレジウスの言葉です。

 今日開いたテトス211~に美しく楽しい物語はありませんが、クリスマスの訪れがなぜ私たちの喜びとなるのかがはっきり示されています。

 11「神の恵みが現れました」とは、神の計画がついに満ち主イエス・キリストが私たちの世界においでになったことを指しています。なぜ11「救いをもたらす」ものであるのか、それはこの方がついには十字架で14「ご自身を献げられ」て私たちを14「あらゆる不法から贖い出し」神の祝福へと結び合わせてくださるからです。そしてこの救いは時を超え場所を超えて、11「すべての人々に」開かれたのです。

 11節と同じ言葉を用いて、13「キリストの栄光の現れを待ち望む」と主イエスによる希望の完成が指し示されています。大いなる希望はすでに与えられつつも、それは未だこの世界を覆ってはいません。私たちは“すでに”と“未だ”の間を、神の計画の中を歩んでいるのです。

 預言者エレミヤは、主が約束されたのは11「将来と希望を与える」11「平和の計画」だと告げました。悩みと恐れが交錯しても、世界と私たちはこの主の大いなる計画の内に置かれていることを受けとめ、今を歩みたく願います。

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