「血と水とが流れ出た」

ヨハネによる福音書 19章31~37節
エレミヤ書 31章31~34節

 

 主イエスは世に救いの道を拓くためその愛を注ぎ出し、十字架へと進まれました。30「成し遂げられた」との言葉が示すように、十字架上で釘づけられたこのの死こそ神の栄光の成就だったのです(122324174)。

 ヨハネ福音書は、主イエスの遺体を取り降ろす際に兵士が槍でそのわき腹を突き刺すと34「血と水とが流れ出た」と記します。これはⅠヨハネの言葉、「この方は、水と血を通って来られた方、イエス・キリストです」(56)と一致します。34「水」は主イエスが洗礼を受けてその宣教を始められたことを(マルコ19)、34「血」は「世の罪を取り除く神の小羊」(129)となって犠牲となられたことを指し示していましょう。かつて「わたしを信じる者は…生きた水が川となって流れ出るようになる」(738)と語られていたことを思い起こします。世にある私たちが新しい命に生きるために、この方は天から地にさらには死へと降られたのです。

 エレミヤは自らが預言した通り罪の裁きとして亡国を味わった民に対し、回復の約束を語り(301~)、34「主を知」る思いが一人一人の33「心」に記される全く31「新しい契約」が結ばれる時がいつの日か来ると告げました。主イエスの受肉と十字架によって神の御名が顕わされ(176)、その愛が分かたれたこの時にこそその約束は成就したのです。“新約”と言われるゆえんです。

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