「一つになるため」

ヨハネによる福音書 17章14~26節
創世記 12章1~4節

 

 8月末から味わってきた、主イエスの訣別説教(1416章)と大祭司の祈り(17章)もいよいよ末尾となりました。 6「わたしは御名を現しました」と主イエスは祈られました。受肉と十字架において、世を何としてでも救うとの神の意思が明かされようとしているからです。そしてこのことを 8「知り」 8「信じ」る者が起こされ、希望と13「喜び」が分け与えられていくのです。

 しかし14「世」はなお神の働きかけを理解せず、抗います。そうした中、信じる者は主イエスと共に働くべく18「世に遣わ」されるのだと告げられています。

 そして祈り末尾において、この働きのゴールが指し示されています。それは21「世」も26「御名」すなわち神の意志を受けとめ、ついには22「一つにな」って平和と喜びを分かち合うようになることです。

 2「わたしは…あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。」と告げられたように、このことは神が信仰の父祖アブラハムと契約を結ばれた最初から、指し示されていたことでもありました。ここから始まった神の示す地を目指したアブラハムの旅は歴史を越えて受け継がれ、今を生きる私たちにまで及んでいるのだとも言えましょう。

 復活の主イエスは神の意思が世に成るべく、今も働いておられます。神の民はこの主と共に、神の国を目指す旅路を歩みます。

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