召天者記念礼拝 「主イエスの命に連なる」

ヨハネによる福音書 15章11~17節
詩編 1編1~6節

 

 12「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです」(新改訳)と揮毫され教育館に掲げられている額は、以前に卒園児のお祖母ちゃんから頂いたものです。

 主イエスは自らを拒み続ける世に愛をもって臨み、ついには自らを与えられたことをヨハネ福音書は強調し(316等)、この愛に連なる者となりなさいと告げます。私たちもそうありたいと願いつつ、続く13「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」との言葉にたじろぐのではないでしょうか。

 ここの13「捨てる」を直訳すると、“置く”“横たえる”となります。主イエスは私たちが真に生きるべく、ご自身の命をついには十字架に置かれたのでした。では、あなたがたはどこに命を置くのか、と問われています。ただ一度分け与えられた大切な命です。それを私たちは自己満足に置くのでしょうか、あるいはより価値あることに置くのでしょうか(1225)。主イエスはここで、他者と分かち合うことに命を置くことの意味深さを指し示されたのです。

 そのような生き方を求める者は 3「流れのほとりに植えられた木」のように、不思議に恵みと豊かさを汲み続けると歌われています。今日記念している方々は、そのように与えられた日々を生き、命を横たえられたお一人お一人です。

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