「新しい掟」

ヨハネによる福音書 13章31~35節
レビ記 19章13~18節

 

 これまで熱心に従ってきた弟子の一人31「ユダ」があろうことか21「裏切」るために出て行ったとき、主イエスは31「今や、人の子は栄光を受けた」と言われました。受けることが決定的になったのは十字架の屈辱と受難であるのに、それがなぜ31「栄光」なのでしょう。

 世は徹底的に、神の御旨なる主イエスの訪れを拒否しました。にもかかわらず主イエスは身と命を注ぎ出して世を愛したのです(316)。主イエスは何かを受けることによってではなく、与えることによって31「栄光」を顕わされたのでした。

 その主イエスはここで、34「わたしがあなたがたを愛したように…互いに愛し合いなさい」との34「新しい掟」を与えられました。今日の旧約で開いたように、「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(レビ1918)との掟は昔からあります。34「新しい」と言われるのは、それが守るべき34「掟」としてではなく、主イエスが十字架の犠牲をもってわたしたちを愛された真実から告げられている点です。Ⅰヨハネ258は、この主イエスの真実の光こそが破れある人間を愛へと導くのであり、それは常に新しく起こり来たることだと告げています。

 繰り返される世の乱れと反逆に心乱れる今日ながら、なお希望を仰ぎます。そのような世を主イエスは愛して栄光を顕わされ、その主に連なる者を招いておられるからです。

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