「SOLI DEO GLORIA」

ヨハネによる福音書 7章14~24節
エレミヤ書 13章15~17節

 

 当教会礼拝堂バルコニー壁面に刻まれているSOLI DEO GLORIA とは、“ただ神にのみ栄光”との意味のラテン語であり、宗教改革の精神をあらわすものです。J.S.バッハは宗教曲の楽譜末尾に、この語を表すSDGの文字を書き込みました。

 主イエスは仮庵祭のときエルサレム神殿に現れられ、あなたは18「自分の栄光を求める」のか、それとも18「自分をお遣わしになった方の栄光を求める」のか、と人々に問われました。仮庵祭とはあえて粗末な小屋で7日間を過ごし、出エジプトの旅を神が導かれた恵みを思い起こそうとの祭でした。主イエスはこれを24「うわべ」に終わらせず、あなたの生き方を通して顕しなさいと教えられたのです。

 八重が語った思い出によると、新島襄はどうも音痴だったようです。礼拝でもその調子で歌っているので八重が注意すると、“神に向かって賛美しているのだ、人に向かって唱っているのではない”と平然と答えたといいます。

 自らの身体また生涯も、神から恵みとして遣わされた一つの器だと考えられます。私たちはこれを自らの満足や栄華のために用いることもできれば、意味ある何かのためにも用いることができるのです。

 ユダヤ教指導者層の敵意の中にあった(1節)主イエスにとって、都に現れることは危険なことでした。しかし18「お遣わしになった方の栄光」、この世に救いの礎を据えるとの神のみ旨を顕すために主イエスは十字架へと歩み出して行かれたのでした。

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