「目を覚まして祈るということ」

ルカによる福音書 21章29~38節
サムエル記上 17章41~47節

 

 大崎市岩出山に、個人所有としては日本最大という“佐藤梅園”があります。数千本という見事な開花と香りをここ10年ほど楽しんできましたが、今年はついに訪れることができませんでした。

 私たちが木々の花や30「葉」で季節を推し量るように、日々出会う出来事に向き合うと共に、31「神の国」に思いを馳せよと主イエスは言われます。先々週開いた前段で語られていた19「忍耐」とは我慢してやり過ごすことではなく、課題あるそこに立ち続けることでした。様々な課題ある今も31「神の国」の希望へと結ばれていることを仰いでこそ、立ち続ける力が与えられます。

 少年ダビデは45「主の名によって」、巨人ゴリアトに立ち向かいました(サムエル記上17:41~)。45「主の名」も33「言葉」も、それは神の意思を表わします。それは世のすべてが流転しても、33「決して滅び」ることがないのです。ここに私たちが拠って立ち得る確かな根拠と希望があります。

 34「心が鈍くならないよう」36「目を覚まして祈りなさい」とあります。課題ある今に向き合うことも戦いであるけれども、そのことに飲み込まれ流されることへの警告です。日々の出来事の中また背後にも神の33「言葉」を求め、31「神の国」を仰いで祈るとき、私たちは養われこの今を歩み得ることができるのです。

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