「新たに生まれる」

ヨハネによる福音書 3章1~2節
エゼキエル書 37章1~10節

 

 主イエスが宣教の働きを進められるにつれ、熱心な宗教指導者たち 1「ファリサイ派」やユダヤ最高法院の 1「議員」らとの対立が深まっていきました。ところがこの両方の立場にあった 1「ニコデモ」は主イエスのもとを訪れ、 3「神の国」の祝福にあずかる道について訊ねたのです。

 3「新たに生まれ」ることだと答えられた主イエスに、ニコデモは 4「年をとった」私がもう一度生まれることなどできるだろうかと反問しました。ここには、立場や名誉など様々なものを背負っている彼の悩みが滲んでいるように見えます。

 3「新たに」との語には、“上から”との意味があります。主イエスは 8「思いのままに吹く」 8「風」に譬えながら、神の導きに信頼して委ねることの大切さを語られたのでした。

 3「新たに生まれ」ることは、私たちの側から見ると困難なことに思えます。が、神の御業に委ねるという点では容易いことなのです。当教会では2012年のイースターに、松平ミネ姉が99歳で洗礼を受けられました。大震災の困難の中で生きる希望を見失いかけておられた姉でしたが神さまに結び合わされ、その年の秋に天に召されるまでの日々を喜びと感謝の内に歩まれたのでした。

 一方、 3「新たに生まれ」るのは一瞬のこととは限りません。このときは人目を憚り 2「夜」主イエスを訪ねたニコデモでしたが、のち最高法院で主イエスの弁護を試み(7:50~)、十字架で死を遂げられた主イエスの埋葬を担ったのでした(19:39~)。彼は時間をかけてでしたが確かに21「光の方に」歩み出、 3「神の国」の祝福に結ばれるに到ったのです。

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