新年礼拝 「神から知られている」

ガラテヤの信徒への手紙 4章8~11節
コヘレトの言葉 3章1~11節

 

 与えられた2015年はどのような年になるのでしょう。放射能汚染による健康被害がいよいよ危惧される反面、社会はこの大きな課題を経済優先で処理しています。国政では特定秘密保護法が施行され、改憲の動きも危惧されるなど、国民主権の原則が脅かされています。でも私たちはこの時この所に立ち歩むべく、送り出されています。

 神学者K.バルトはよく、“新聞を読む目で聖書を読み、聖書を読む目で新聞を読む”と語ったといいます。刻々と移りゆく日々のあり様にあって何が大切なことなのか、見きわめる眼差しをもちたく願います。と共に、大切なもう一つの眼差しがあることを心に刻みたく思います。

 伝道者パウロは 9「神を知っている、いや、むしろ神から知られている」とあえて言い直す仕方で、私たちと世界が神の眼差しに捉えられていることを覚えるところに本当の自由が与えられると語りました。世界には様々な力が相働き、強く影響を及ぼします。私たちも時にそうした力に誘われ、縛られます。だからこそ、自らの罪を悔い、私たちの創り主なる方からの赦しを受け、新しくされていくことが必要です。

 課題は大きく混迷は深いことを思わざるを得ませんが、そうした私たちと世界を捉える神の眼差しに希望を得て歩む内外の友があることに心を強くします。共に主に支えられ導かれつつ、2015年を歩みましょう。

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