「神の計画、私の予定」

使徒言行録 19章21~34節
イザヤ書 46章1~13節

 

 来年の手帳の準備をする季節となりました。私たちはあれこれと書き込んで予定を立てますが、計画通りに事が進まないこともしばしばです。

 今日開いた箇所で伝道者パウロは21「わたしはそこへ行った後、ローマも見なくてはならない」との計画を表明し、ローマ1524ではさらにイスパニア=スペインまで伝道に出かけたいとの願いを書き記しています。地の果てまでも主イエスの福音を届けたいと願ったのでした。

 パウロのローマ行きの願いは、皮肉な形で実現します。すなわち彼は献金を届けに行ったエルサレムで捕らえられ(2127~)、囚人としてローマへと送られたのでした(271~)。おそらくスペインには行けなかったでしょう。使徒言行録ははっきりと記しませんが、パウロは捕らえられたままで、その生涯を全うしたのだと思われます。

 パウロは不遇を嘆いたでしょうか。自らの計画がかなわなかったことを残念としつつも、神の計画に用いられたことを感謝しただろうと思うのです。イザヤ46章は偶像と対比する形で、10「計画」を11「必ず実現させ…完成させる」神のみ手を指し示し、そのみわざに私たちが用いられる不思議を語っています。

 パウロはこの生ける神を宣べ伝え、この方に導かれ用いられる生を証ししました。彼は福音宣教のその働きを通して、思想的にも文化的にも大いに異なるエルサレムとローマの間に橋をかけたのでした。彼が福音を届けたいと願っていたスペインに育った宣教師によって、やがて日本に福音がもたらされたことに感慨を深くします。

コメントは受け付けていません。