「神の布石」

使徒言行録 11章19~26節
イザヤ書 46章8~13節

 

 同志社開校後、遠く水沢(現・奥州市)から学び伝道界に進んだ人物に、山崎為徳(同志社教師)・片桐清治(水沢教会を創立・当教会第2代牧師)・相沢乕次(水沢教会第36代牧師)・相沢駒之丞(北海道・満州で伝道)・高橋由己(涌谷教会を創立)がいます。日本プロテスタント草創期に刻まれたこれらの働きは“水沢バンド”とも呼びうるものであり、新島襄が日本伝道の礎として東北に目を向けた一因ともなっているでしょう。

 水沢教会創立の経緯は不思議なものでした。帰省した山崎為徳から福音をもたらされた水沢の青年たちは伝道者を求める手紙を同志社に送り、1879(明治12)年山崎と共に第1回卒業生となった小崎弘道が水沢に向かうことになりました。が、“水沢は余りに遠方で余りに辺僻であるから”(小崎『余が二五年の経歴』)と小崎は東京に留まり、新肴町教会(現・霊南坂教会)を創立します。

 やはり水沢伝道はこの土地の者でなければ、と青年たちの中から選ばれたのが片桐清治でした。当時小学校主席訓導(校長)であり家族もあった片桐でしたが単身同志社に向かい、5年の苦学を経て1885(明治18)年に帰郷、9月水沢教会を創立したのでした。

 このとき小崎が来援、伝道会を開催すると共に初めての洗礼式を執行しています。小崎・片桐は、主なる神の不思議かつ大いなるご計画をわが身に感じていたことでしょう。

 世界に26「キリスト者と呼ばれる」者が誕生したのは、19「迫害のために散らされた」(8:1)者たちの働きによるものでした。10「計画は必ず成り…望むことをすべて実行」される主の御手の内に、破れある者が導かれ用いられる不思議と恵みを思います。

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