世界聖餐日礼拝 「神の国で再び飲むその日まで」

マルコによる福音書 14章12~26節
出エジプト記 12章24~28節

 

 12「過越の食事」は出エジプトの出発の際の食事を模したものであり、神の救いの記念としてユダヤ人は今日に至るまでこれをまもり続けています。年に一度、家族は特別なメニューを所作に従って共にし、その中で子どもがその意味を訊ねることになっています(出エジプト1224~)。

 十字架に挙げられる前の晩、主イエスは弟子たちと共にこの食事をなさいました。食事の席への謎めいた案内は一行を取り巻くきびしい敵意のゆえでしょうが、それ以上に重要なのはこの12「過越の食事」の時と場所が主イエスご自身により用意されていたことです。

 食事の席で、主イエスは裂かれる22「パン」と分かたれる23「杯」は十字架の犠牲であると、その意味を説き明かされました。25「神の国で新たに飲むその日まで飲むことはもう決してあるまい」とは、神の国で食卓を共々に囲む日がやってくることを指し示しています。“最後の晩餐”とは、本当は救いの完成へと向かう“出発の晩餐”だったのです。

 この食事は旧約以来の救いの歴史において主なる神ご自身によって用意され、主イエスの十字架の犠牲を通して私たちに分かたれました。私たちは聖餐においてこの救いの出来事を噛みしめ、約束された神の国を仰ぎ見ます。なお悩みと課題がある中にも、この恵みから希望を抱くことができます(讃美歌398)。

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