「主を頼みとして」

使徒言行録 14章1~7節
詩編 33編12~22節

 

 バルナバとパウロが辿った第一伝道旅行の旅程について、使徒言行録の著者は簡単に地名を記すだけですが、小アジアに渡ってから(13:13)アナトリア高原の町デルベ(14:20)までの道程は実に500kmを越え、標高差も1000m以上あります。そうした道を二人は荷物を担いで、野宿しながら歩いて旅を続けたのでした。デルベからそのまま街道を東に進むとパウロの故郷タルソスを経て、アンティオキアに帰ることができます。が、二人は来た道を引き返して往路で出会った信徒たちを励ましました(14:21)。

 主イエスの十字架による罪の贖いを「信じる者は皆…義とされる」(13:39)と語った二人はユダヤ人から激しい迫害を受けることになります。リストラでは石打ちで殺されかけすらしましたが(14:19)、 3「主を頼みとして勇敢に語った」のでした。

 パウロはのち、Ⅱコリント11:23~で数々の艱難の体験を振り返っています。第一伝道旅行はパウロにとって、こうした苦しみの始まりでもありました。が、パウロはこの振り返りを、 9「力は弱さの中でこそ十分に発揮される」10「わたしは弱いときにこそ強い」との言葉で閉じています。自らの内にある何物でもなく、私たちを生かすために命をも分け与えられた十字架のキリストこそが万民を解放するのであり、私はその方を宣べ伝えるとパウロは語りました(Ⅰコリント1:21~)。主の十字架を仰ぎ、生き、そこに顕わされる復活の力に与ること、これが彼の強さの源泉でした(Ⅱコリント4:7~)。

「父が子を背負うように」

使徒言行録 13章14~23節
申命記 1章26~33節

 

 第一伝道旅行に出発した二人は小アジアに渡り、タウルス山脈を越えて14「ピシディア州のアンティオキア」に到着しました。この町のユダヤ人会堂で説教したパウロは、かつてペトロがしたように(2:14~、3:11~)旧約の救いの歴史から説き起こしています。

 18「神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び」の部分は、申1:31「…神、主は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださった」を意識して語られています。主のみ手によりエジプトを脱出しながら、民は主に信頼できず40年間荒れ野をさまようことになりました。が、その試練の間も民は主に背負われており、ついに約束の地に至ったのだとパウロは語りました。

 続く30・33・34・37節で実に四回「神はイエスを…復活させ」と告げられています。繰り返された民の不信と反逆にも、主の救いの計画はついえることなくこれを成就されたことをパウロは強調しています。23「救い主イエス」の受肉と十字架は、まさに31「父が子を背負うように」私たちを育み希望と平和へと結ばせようとの神の計画にほかなりません。

 時に私たちも荒れ野の旅を経験しましょう。なおその間も私たちは主の背にあり、希望へと到る主の計画の内に置かれていることを仰ぎたく思います。

10月のおたより

 仙台北教会のバザーは11月第2週、今年は13日(日)13:00~14:45に開催します。すでに手作り品の作業会、販売提供品の受付が始まっています。そのほか、手作りケーキ・教会員栽培の野菜・石巻の海産物などの販売、やきそば・フランクフルト・おでん・わたあめなどの出店が予定されています。今年も、益金は福祉施設や国際活動支援などにすべて捧げられます。

 さて今夏行った教会堂の改修工事の一環として、台所が拡張され、シンク・作業台も大型のものに取り換えられました。さらに特筆すべきは、教育館との間の壁の一部が撤去されて引き戸がつけられ、直接やりとりができるようになったことです。積年の願いを実現させよう! と、婦人層で形づくるナルド会はこれまで積み立ててきた中から80万円を捧げました。このように祈りと思いが込められて完成した台所は、来たるバザーに際してその力を発揮することでしょう。

 バザー当日、お楽しみにおいでください。その際には、改修なった台所も覗いてみてくださいね。

「前もって決めておいた仕事」

使徒言行録 13章1~12節
イザヤ書 52章7~10節

 

 13章から使徒言行録は伝道者パウロの働きを中心に描かれ、その最初はいわゆる第一伝道旅行の出発の場面です。第二・三伝道旅行はパウロ個人の働きですが、この旅行はアンティオキア教会が派遣したものでした。

 3「出発させた」の原語は、直訳すると “解き放った” となります。バルナバとパウロは誕生したばかりのこの教会における大切な指導者でした(11:26)が、2「前もって二人に決めておいた仕事に」出発させなさいとの聖霊の指し示しに、教会は従ったのでした。

 石巻栄光教会は、アメリカのクリスチャン教会の日本伝道によって開拓された最初の教会です。クリスチャン教会は小規模な教派でしたが、最初の本格的海外伝道地として日本を選び、1887年D.F.ジョーンズを宣教師として送り出したのでした。まず石巻が選ばれたのは、まだ福音がもたらされていないところにとのスピリットによるものと思われます。

 出発したパウロらは、早々に 6「魔術師」との対決を迫られることとなりました。 7「神の言葉」によって様々な仕方で縛る諸力から人々を解放すること、これが主から彼らに与えられた仕事でした。主は私たち一人一人にも、 2「前もって…決めておいた仕事」を与えられているのではないでしょうか。人は“自分探し”をしてそれを見いだし、やがて天職としてそれぞれの働きへと進みゆくのです。

世界聖餐日礼拝 「今、本当のことが分かった」

使徒言行録 12章1~17節
哀歌 3章22~24節

 

 1「ヘロデ王」とは、主イエス降誕の際ユダヤを治めていたヘロデ大王(マタイ21)の孫にあたります。この時、最高法院に加えて王家が教会の弾圧に乗り出してきたのでした。その理由は、ユダヤ人の歓心を買うためでした。

 2「ヤコブ」の殉教は、 3「ペトロ」にとって大きな衝撃であったに違いありません。 2「ヨハネ」も加えこの3人は、いつも主イエスのそばで仕えた仲間であったからです(マルコ921433等)。なぜ彼が犠牲にならねばならなかったのか、嘆きの中でみ旨を問うたことでしょう。

 そのペトロも捕らえられたのです。しかし彼は主の不思議な導きにより、厳重な牢獄から助け出されたのでした。我に返ったペトロの11「今、初めて本当のことが分かった」との言葉は、救出のことだけを言っているのではないように思います。主のみ旨は測り知れないけれども、なお為すべきわざのために私は生かされているのだとの深い気づきを与えられたのではないでしょうか。

 神の不思議な守りを歌う讃美歌454は、戦火の中盗賊に遭って途方に暮れた際に与えられた思いがけない助けに感謝してつくったものだと作者のG.ノイマルクは書いています。7節は “歌え、祈れ、神の道を進め、お前の為すべきことを忠実に果たせ” と歌います(川端純四郎『さんびかものがたりV』)。私たちの小さな歩みにも主は伴われ、それぞれの働きへと送り出されるのです。