「未来と将来」

ローマの信徒への手紙 13章11~14節
エレミヤ書 28章8~14節

 

 本日“仙台北教会の未来”をテーマに、今年度のコイノニア会(修養会)を開きます。日頃慌ただしく“今”の課題に向かっていますから、共々にこれからを展望するよき機会としたく願います。

 これからを表す言葉には、“未来”のほか“将来”もあります。前者は“未だ来ていない時”であり、後者は“将に来たらんとする時”です。

 今日の箇所11節は、神の歴史に位置づけられた時カイロス、現実に流れゆく時ホーラと二つの原語を使い分け、今がどういう時でなにを為すべきかは神の歴史に照らしてこそリアルにわかると語っています。震災の年、この箇所は一つの指し示しとなりました。震災が神の計画にどう位置づけられるのかとの問いに簡単に答は与えられませんが、それを求める中で教会は被災者支援センターや放射能問題支援対策室を立ち上げ、働きへと導かれてきました。

 神の計画は時に厳しくもあります。バビロン捕囚期の初め、エレミヤは囚われの期間は10「七十年」に及ぶと預言しました。人々はこれに失望し、偽りの 8「預言者や占い師」の楽観論にすがろうとしたのです。そうした中、主は11「将来と希望を与える」11「平和の計画」を心に留めておられるのであり、今の試練はこの計画に位置づけられているのだとエレミヤは語りました。

 歴史を御手に治められる主のみ旨を求めるときに、私たちの今に基盤と方向が与えられ、未来は将来へと変えられていくことを心に刻みたく思います。

「キリスト者の誕生」

使徒言行録 11章19~30節
コヘレトの言葉 4章9~12節

 

 アンティオキアは、ローマ帝国においてローマ、アレクサンドリアに次ぐ大都市でした。19「迫害のために散らされた人々」(81)によってこの町に福音が届けられ、20「ギリシア語を話す」異邦人が多数入信、アンティオキア教会が起こされたのでした。

 この町で、信じる者が26「初めてキリスト者と呼ばれるようになった」のだといいます。それまではユダヤ教の一派としか見られていなかったのが、そうではない固有の一集団と認知されるに到ったのです。エチオピアの宦官(826~)、コルネリウス(101~)のケースに既に示されていたように、ユダヤ人・異邦人の壁を超えて広く世界へと福音を進み行かせることは主ご自身のみ旨また計画でした。そして26「キリスト者」というのは“キリスト臭い奴”といった蔑称であったと思われますが、信じる者たちは喜んでこれを受け入れたのです。

 この教会へと派遣されたバルナバは、23「固い決意をもって主から離れることのないようにと…勧めた」とあります。主イエスにとどまり続けることこそ、真理と自由への道であるからです(ヨハネ831)。また災害をきっかけに、生まれたばかりのアンティオキア教会はエルサレム教会を援助してその愛を示したのでした。こうして信仰と愛は26「キリスト者」誕生のその最初からその内で生き、これを養い、今日に至っています。今日は高齢者祝福の日、主イエスにつながり、信仰と愛に日々を歩んでこられた兄弟姉妹を共に喜びたく思います。

9月のおたより

 9月9~10日(金~土)、壮年の集まり「四季の会」が計画した「キリシタンの歴史と今日の教会の働きを会津に学ぶ旅」が行われ、15名が参加しました。

 かつて教会があったという天子のけやき・セミナリオ(神学校)が建てられたと言われる亀ヶ城跡・殉教の地など猪苗代、十字が彫られた地蔵・刑場そばの涙橋など会津若松のキリシタン遺跡を廻り、古くこの地に生きた人々の信仰を振りかえりました。

 また、互いに協力しつつ力強く宣教活動を展開している会津若松教会・若松栄町教会・猪苗代教会など会津の教会、3.11以来放射能からいのちを守る活動を続けている会津放射能情報センターを訪ね、今日に生きる信仰の働きに学びました。

 昔も今も信仰は天に主なる神を仰がせると共に、それぞれの時代の課題へと目を向け取り組ませる力の源であることを指し示された旅でした。私たちもまた、派遣された時代と場所において与えられたいのちを燃やしつつ歩み行きたく願います。

「信仰と教会の成長」

使徒言行録 10章44節~11章4節
詩編 78編1~8節

 

 主の力強い導きとこれに応えたペトロらの働きにより、ユダヤ人と異邦人が隔ての壁を超えて共々に福音に与る新しい時代が開かれたのでした。でもそのことがエルサレム教会に伝えられた時、 2「非難」が起こったのです。旧約以来、神の選びはユダヤ人に与えられ受け継がれる(詩7845)ということが常識のように教会でも受け継がれていたからです。

 これを超え行く恵みを主は与えてくださったのだと 4「ペトロは…順序正しく説明」して、教会はこの出来事を感謝の内に受け入れたのでした(18節)。実際は教会内でこの葛藤が乗り越えられるまで、さらなる曲折があった可能性があります。ユダヤ人と異邦人を隔てる律法の問題は、この後も繰り返し問題となったからです(151~、ガラテヤ211~等)。

 主イエスに顕わされた福音を異邦人に向けて語ったペトロの説教(1036~)は、ペンテコステの際になされたもの(214~)と内容的にはほとんど変わりありません。ただ34「神は人を分け隔てなさら」ずこの恵みを異邦人にも分け与えられることを、自身噛みしめつつこれを語ったのです(34節)。主のみ旨とみ業は私たちの思いを超えて大きいが故に、それを受けとめられるまでに私たちは葛藤や曲折をも要します。が、神の真実と愛は少しずつまた繰り返し私たちを導き、共なる18「賛美」そして希望と平和へと到らせることを教会とキリスト者たちは仰ぎ歩み続けています。

「自由への決断」

使徒言行録 10章1~20節
エステル記 4章12~16節

 

 各地の教会を巡り歩いていた(932)ペトロが、神を求める異邦人たちと出会った場面です。しかし当時、両者の間には隔ての壁がありました。ユダヤ人は選民思想に立つ律法を持ち、異邦人との交流を避けていたからです(28節)。これを常識のように、教会またキリスト者は受け継いでいました。加えて 1「コルネリウス」は、ユダヤを占領支配するローマ帝国の駐留軍隊長でした。

 この両者に、主が働きかけられました。コルネリウスはペトロを招けと促され(5節)、ペトロは一つの幻を与えられました(1116節)。それは、旧約以来食べることを禁じられているもの(レビ11章等)を食べよと繰り返す、不思議なものでした。

 この幻の意味を計りかねていたペトロのもとに、コルネリウスからの使者が到着します。なおたじろぐペトロの背を押して、主は両者を出合わせました(20「ためらわないで」は田川訳では「差別しないで」)。

 のち出会いを深める中で彼らは、隔ての壁を超えて共に福音に与ることこそみ旨であり、その自由と恵みに向けて主が自分たちを導かれたのだと知るに至りました(34節)。同時期に、迫害によって散らされた信徒らによってアンティオキアの地でも異邦人に福音が宣べ伝えられ(1120)、教会はユダヤ人・異邦人の隔ての壁を乗り越える新たな時代へと踏み出していきます。

 新たな時代を備え、これを導かれたのは主ご自身でした。と共に、与えられた17「幻」に彼らが決断して歩み出していったときに自由と恵みは現実のものとなったとの指し示しを心に留めたく思います。