「わたしを思い出してください」

ルカによる福音書 23章26~43節
イザヤ書 49章14~17節

 

  33「十字架」は手足を釘付けにし、苦痛と衰弱によって死に到らせるという過酷な刑罰です。自由を奪われた受刑者は為すすべなく自らの死を待たねばなりませんでした。

  十字架につけられた主イエスの両側に、二人の犯罪人もこの刑に処せられていました。その一人が42「わたしを思い出してください」と呻いたとき、この男は隣で同様に苦しむ主イエスから43「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と呼びかけられたのです。

  私たちは、死を見つめつつも為すすべなく呻くしかない存在です(ローマ724)。その点で、この犯罪人は私たち人間のありのままの姿を象徴しています。でも無力と孤独にあって呻くときにも、“私は今も共にあり、あなたは神の御手の内にいる”との声を聞きうることがここに示されています。

 “憐れみ、思いやり”を意味するcompassionは、com(共に)とpassion(苦難)との語から成り立っています。隣人の痛みをわが身に引き受けられた主イエスの憐れみ(7:13、10:33、15:20)は、死に直面する私たちをなお離れることなく、それゆえ主は41「何も悪いことをしていない」にも拘らず十字架へと進まれたのです。教会が掲げる十字架は、私たちのありのままの姿と、そこになお与えられている救いがあることを告げています。

「ピラトのもとに苦しみを受け」

ルカによる福音書 23章13~25節
コヘレトの言葉 3章16~17節

 

 ローマ神話には、正義・法を司る女神ユースティティアが現れます。左手で公平を表わす天秤を掲げ、右手に裁きの執行を示す剣を握っています。興味深いのは目隠しをしていることで、予断や偏見を一切排した眼差しで裁きに臨むことを意味しています。これは、真の裁きがいかに難しいことであるかを示してもいましょう。

 使徒信条の“ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け”との言葉は、まず主イエスがこの世界の歴史の只中に受肉されたこと、加えて神から来られた方がこの世の不当な裁きに服されたことを指し示しています。

 ピラトはその聡明さで主イエスが15「死刑に当たるようなことは何もしていない」ことを悟りながら、自らの立場を守ることを優先させ、無実と知りつつ十字架刑へと25「引き渡し」たのでした。告白の度ごとに唱えられるピラトの名は、この世の「裁きの座に悪が、正義の座に悪がある」(コヘレト3:16)ことを暴くものです。

 コヘレトの言葉が17「正義を行う人も悪人も神は裁かれる」と続くように、私たちの本末転倒したあり方は本来ならば神によって厳しく裁かれるべきものです。が、逆に主イエスはその十字架にあって、その裁きをすべて負われたのでした。

 一見、世の不当な力は勝利したかに見えました。が、主の復活は神のみ旨こそが勝利し貫徹することを告げたのです。信仰者は、この復活の主の光がすべてを照らし出すことを信じて、この世界を歩み行くのです。

7月のおたより

 今年も「平和七夕」の準備が始まりました。教会でも6~7月の毎週水曜日13:30~15:30、教会メンバーやご近所の方が集って、全国から送られてきた折鶴の糸通しやレイづくりを進めています。

 「平和七夕」本番は、仙台七夕まつりが開催される8月6~8日(火~木)、クリスロード商店街のダイエー前にて行われます。仙台七夕まつりの初日8月6日は「ヒロシマ原爆被災の日」、この日に思いをあわせて願うことは「ノーモア・ヒロシマ・ナガサキ」核兵器廃絶の実現ではないかと、「平和七夕」は39年前から始められました。

 今や、全国そして海外からも100万羽を越える折鶴が送られてくるようになりました。これを吹流しに飾り、またレイにして期間中の毎日14:00~配ります。

 残念なのは、この「平和七夕」の発起人のお一人であり、毎年会場で平和への行動を証ししておられた川端純四郎兄のお姿が今年はないことです。兄は5月23日、79歳で天に召されました。でも兄の平和への祈りと実践は、多くの者たちによって引き継がれています。

「出発 - 全能の神の右に」

ルカによる福音書 22章66~71節
詩編 110編1~7節

 

 宗教改革者M.ルターは主イエスの昇天についての説教の中で、“主が近くにおられたとき、主は遠くにおられた。主が遠くにいたとき、主は近くにおられた。”と語りました。地上におられたとき弟子をはじめ一部の人々以外には主イエスは遠い存在だった、でも天の座に就かれて世界の誰もがその名を呼ぶことができる近い方となられた、との意味です。

 主イエスは69「今から後、人の子は全能の神の右に座る」と告げられて、十字架へと進まれました。すべてを治め給う栄光の座と釘付けられた十字架はまったく別のものに見えますが、主イエスにとってそれは同じものでした。9:28~でも、その31「最期」について語っておられた主イエスの姿は栄光の姿に見えたと、このことは指し示されていました。この31「最期」との語には“出発”という意味があります。私たちが親しくその名を呼び求めることができるようになるため、主イエスは十字架へと出発されたのです。

 「小さな群れよ、恐れるな。…父は喜んで神の国をくださる」(12:32)と主は言われました。主が神の国を見据えて地上を歩まれたように、教会・信仰者も約束された神の国の栄光をを仰ぎつつ課題ある今を歩むのです。

「泣くペトロ」

ルカによる福音書 22章54~62節
詩編 139編1~12節

 

 今年の大河ドラマの舞台を訪ねると共に、信徒の交流を図ろうとの“新島襄・八重の桜ツアー”(主催:東京同信伝道会)が、12教会32名の参加を得て行われました。時代の課題にあって私たちと同じようにぶつかり悩みつつ道を選び取っていったことを知り、襄や八重がより身近になりました。またそれぞれに多様な働きを担っている諸教会がつながり合い、信頼と協力を交わす大切さに思いを新たにしました。

 主イエスが捕縛され裁判の場に引かれていったとき、ペトロは54「遠く離れて従っ」ていきました。それは33「主よ、御一緒になら…死んでもよいと覚悟しております」との固い決意のゆえでした。ところが、お前もイエスの仲間だろうとの不意の咎めにペトロは三度知らないと主を否み、自らの弱さに敗れていったのです。

 このとき振り向いて見つめられた主イエスの眼差しにペトロは気づき、62「激しく泣いた」とあります。悔恨もさることながら、気づいていなかった私の中の闇をも主は見ておられたことを彼は思い知らされたのでした。32「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」との主イエスの言葉を、彼は生涯忘れることはなかったでしょう。初代教会の指導者として歩みだした後も、ペトロはたびたび失敗を重ねています(使徒10:9~、ガラテヤ2:11~)。が、私を真に支えるものはわが内にではなく、主の赦しと執りなしにこそあると彼は知ったのでした。またそれゆえ立場の違う者をも、主イエスを十字架につけた者をも、「兄弟たち」(使徒15:7、2:29等)と呼び、主にある恵みを分かち合う宣教の働きへと踏み出して行ったのです。