6月のおたより

Timeless

Old age, that tips with frost the works of men,

Has yet no power beyond our mortal ken,

And falling leaf and failing breath conceal

No mystery for soaring souls to feel.

For when our harp of days is all unstrung

And singing here is ended, God is young.

 

時のない国

人の所業に白霜の冠をそえる、老い

しかし、この世を超えた界(くに)では効なさず

散る木の葉、そして途絶える息も天翔ける魂の不滅を隠しはしない

この世の琴の弦が弛むとき、現世の詩(うた)が終わっても、神はなお若い

(別府恵子訳)

 

 上記は、シャーロット.B.デフォレスト宣教師が83歳のときに詠まれた詩です。先生は当教会初代仮牧師J.H.デフォレスト宣教師の次女として、幼少期を仙台で過ごされ、長じて神戸女学院第5代院長を務められました。

 北山墓地にあるデフォレスト家のお墓の一面は仙台人が愛する太白山に、もう一面は母国アメリカを臨む太平洋に面して建てられています。ご両親も先生も、遣わされてきた故国と遣わされた日本と、その両方を見据えてその生を全うされたのでした。

 この詩においても、自らの生と永遠なる神のわざの両方が見つめられています。今もこれからも生きて働かれ「なお若い」神に支えられ、わたしはその生を終わりまで歌い続けることができる、と先生は歌われました。

 今年は先生が召天されてより40年にあたり、この6月29日には神戸女学院院長・大学長ほか関係者が集まり、墓前礼拝が行われます。



「あなたたちの戦い」

ルカによる福音書 22章35~46節
サムエル記上 17章41~47節

 

 かつて「財布も袋も履物も持って行くな」(10:4、9:2)と言われた主イエスが、36「今は」それを持てと言われるのは何故なのでしょう。まして平和の主が36「剣」を持てと言われたことに、戸惑いを覚えるのではないでしょうか。

 あのとき弟子たちは行く先で歓迎され、喜んで帰ってきたのでした(10:17)。が主イエスは今や37「犯罪人の一人」として十字架に挙げられ、弟子たちも逆境に立たされようとしているのです。これらの言葉はその覚悟を求めるものだったのではないでしょうか。このとき実際の剣が役に立たなかったことは、49~51節に示されている通りです。

 聖書には、“戦い”の記述が多く現れます。中には、イスラエル人が先住民を蹴散らしてカナンの地に定着していった戦いの記録など、是認できないものもあります。一方、諸力相働くこの世にあって真の祝福のうちに生きていくことを求めるとき、人がさまざまな戦いをくぐらねばならないのもまた事実ではないでしょうか。その場合の敵とは他者ではなく、むしろ悪や不当な支配そしてそれらの前にあきらめ屈服しそうな自らの弱さです(エフェソ6:12)。そうした戦いにあって、今日交読した詩27編をはじめ各書は主こそが私たちの苦闘を見つめ、支え、導いてくださることを告げているように思います。

 主イエスご自身、激しい戦いの中で祈られ42「御心」を求められました。あなたたがたの戦いでも、祈ること、御旨を求めることが必要だと語りかけられています。

「仕える者のように」

ルカによる福音書 22章24~30節
創世記 32章23節~33章4節

 

 ご自身の十字架の意味を指し示す最後の晩餐の席で、弟子たちはあろうことか24「だれが一番偉いだろうか」と言い争いました。人間の抱える愚かさをあからさまに示したこの者たちに、主イエスは26「仕える者のように」なることを教えられました。それは十字架へと進まれた主イエスに従う道を意味しています(マルコ10:45)。

 イスラエル人の先祖ヤコブの名には“足を引っ張る、押し退ける”との意味があります(創27:36)。彼は生き抜くために、兄を父を伯父を出し抜き押し退け、実力で身を立てていった人物です(同25:27~、27:18~等)。一方その酬いとして、彼自身も時に欺かれる波乱の人生を歩みました。でもその生涯の節目で主は自らを現し、彼を祝し導かれるのです(同28:10~、32:2等)。こんな狡猾な人物に何故と感じますが、それは自己中心を抱える私たちを主は見捨てられないことを示しているのだと思います。

 ヤコブの生涯の最大のハードルは、出し抜いて激しい怒りをかった兄エサウとの再会を果たすことでした。このときのヤコブの姿は一転して、仕える者の姿を示しています。この前の晩、主は自らを現され人生最大の課題に向き合うヤコブとその格闘を夜通し共にされました。このことがヤコブを変えていったことを思います。そのヤコブを、兄エサウは涙と共に抱きしめ、二人は和解を果たしたのでした。

子どもの日・花の日合同礼拝 「神さまにつくられた仲間」

使徒言行録 10章9~18節

 

 ユダヤ人が守っていた律法には食べて良いものといけないもののリストがあり、それによると豚肉やうなぎ、たこ、いかなどはいくらおいしそうでも食べてはいけないのでした(レビ11章)。

 旅をしていたペトロさんはある日お腹がすきすぎて夢見ごこちになりました。すると天から風呂敷が下りてきて“ペトロよ、これを食べて元気を出しなさい”と神さまの声がしたのです。でも見ると中には食べてはいけないものが入っています。ペトロさんが“神さま、とんでもありません”と断ると15「神が清めた物を、清くないなどと…言ってはならない」と声が響き、こんなことが3回繰り返されました。

 これはいったい何だろうと考えこんでいたペトロさんを訪ねてきた人がありました。この人は神さまを求めていた外国人コルネリウスさんからの使いでした。このとき、あの不思議な出来事は人を分け隔てしてはいけないとの神様の指し示しだったのだと、ペトロさんはわかったのでした。

 18歳で兵士となりベトナム戦争に出かけたアレン・ネルソンさんは、敵を追いかけて入り込んだ防空壕の中で赤ちゃんが生まれるのに立ち会い、敵も味方も同じ人間なのだということに改めて気づかされたといいます。これをきっかけとして、ネルソンさんは戦争の愚かさを訴える活動を始めたのでした。

 神さまは私たちの愚かさを打ち破り、平和へと導かれます。そのきっかけは私たちの日々の歩みにも様々な形で与えられるのかもしれません。

京都丸太町教会礼拝 「Singing here is ended, God is young」

ルカによる福音書 21章29~33節
イザヤ書 55章8~11節

 

 説教題は、幼少期を私どもの教会で過ごされ、のち神戸女学院第5代院長を務められたC.B.デフォレスト宣教師(1879-1973)が晩年に詠まれた詩の一節です。この先生がご両親と一緒に眠られている墓石はちょっと変わった角度で建てられており、一面は仙台人が愛する太白山に、もう一面は母国アメリカを臨む太平洋に向けられています。ご両親も先生も、遣わされて来た故国と遣わされた日本と、その両方を見据えてその生を全うされたのでした。

 この詩においても、やがて終わりを迎える自らの生、そして永遠を司られる神のみわざ、この二つが見つめられています。そしてこの二つの視点が、アジア・太平洋戦争という難しい時代にも先生をしっかりと立たせ歩ませた力の源泉であることを思うのです。

 私たちが木々の花や「葉」(30節)で季節を推し量るように、日々出会う出来事に向き合うと共に、「神の国」に思いを馳せよと主イエスは言われました(31節)。前段19節に現れる「忍耐」とは我慢してやり過ごすことではなく、課題あるそこに立ち続けることです。時に押し寄せ飲み込み翻弄する規模の課題に、私たちは独力では立ち留まり得ないでしょう。でも課題ある今も神の国の希望へと結ばれていることを仰ぐときに、なんとか立ち続け歩みゆく力が与えられるのです。

 激動の時代、デフォレスト先生の歩みには難しいことも多々ありました。が、「決して滅びない」(33節)神に支えられているから、私は与えられた生の終わりまで歌い続けることができる、と詠まれたのでした。私たちの昨日・今日・明日、その歩みにも永遠なる方の眼差しと導き、そして期待が与えられていることを仰ぎ、私たちも歌いつつ歩みましょう。

 

(2013年6月2日 京都丸太町教会にて)