「主がお入り用なのです」

ルカによる福音書 19章28~40節 
ゼカリヤ書 9章9~10節

 

 京都・世光教会を創立された榎本保郎牧師はご自身の伝道半生をまとめた『ちいろば』(聖燈社)を書かれてから、“ちいろば先生”と呼ばれるようになりました。この“ちいろば”とは主イエスが都エルサレムに入られるときに乗られた33「ろばの子」のことです。

 エルサレムにほど近い村で、主イエスは子ろばを30「ほどいて、引いて来なさい」と言われました。高貴な者は馬に乗るものですが、この寒村にそんなものはいません。またその33「持ち主たち」が複数であることから、この子ろばは貧しい人々の共有財産であったことがわかります。いささか不思議でもありますが、34「主がお入り用なのです」との言葉に、彼らは快く子ろばを貸してくれたのでした。

 かくしてこのろばの子は、その最大の使命のために都に入城される救い主をその背にお乗せするとの大きな働きを担うことになりました。小さなろばに乗りとぼとぼと進まれるその姿はユーモラスにも見えたでしょうが、このとき主イエスはこの世界に真の平和をもたらすための厳しい戦いへと進まれていたのです(ゼカリヤ9:9~10)。

 主なる神はその大いなるご計画の内に小さな者をも召し、豊かに用いられるとの不思議と恵みがここにあります。そしてこの不思議は、主に従おうと歩んだ代々の信仰者たちが味わった、また時に私たちもわが身に覚える恵みでもあります。

1月のおたより

 主の年2013、おめでとうございます。なお課題ある東北ですが、この数え方自体私たちの主がこの世界を愛するがゆえに足跡を刻まれてからの年月であることを覚えて、希望を携えつつ歩みたく思います。

 新島襄の連れ合いの生涯を描いたNHK大河ドラマ“八重の桜”が、いよいよ始まりました。1月6日新年礼拝の要旨にも記しましたが、同志社関係者はいささか浮き立っています。当教会をはじめとする旧・組合教会は、同志社と深いつながりがあります。新島の日記によると、夫妻は1887年の東華学校開校式のとき仙台を訪れ、6月27日には当教会の礼拝にも出席しています。もっとも八重は会津の出身ですから、若い頃ひとりで来仙した機会もあるいはあったかもしれません。

 教会の信徒グループで八重の足跡を辿る会津ツアーを行えないかと、東京の関係者が計画を練っています。実現するとしたら7月ごろでしょうか。ふさわしい解説者つきで、信徒同士の交流も図れます。もし催行されるのなら、当教会からも合流したいとの声も上がっています。さあこうしたうれしい機会が実現するでしょうか。

 下は、もと会津若松教会牧師・現新島学園短大チャプレンの山下智子先生が書かれた『新島八重ものがたり』(日本キリスト教団出版局)で、その信仰についてわかりやすく掘り下げられています。八重を巡ってはいろんな本が出ていますが、こちらもぜひ手にとってみてください。

「わたしが帰ってくるまで」

ルカによる福音書 19章11~27節
申命記 29章9~14節

 

 このとき主イエスがおられた 1「エリコ」は都エルサレムまで、一日路ほどの町です。主イエスが都で救い主として王の座に就きすぐにでも11「神の国」を打ち立てられることを期待していた人々に、主イエスはその旅路はまだ12「遠い」ことを譬で語られました。11「神の国」をもたらすため、主イエスはこのときご自身の十字架を目指して進んでおられたのです。

 成し遂げられた十字架と復活によって11「神の国」は約束され、私たちはその恵みと喜びを仰ぐことができます。がそれは目に見えるような仕方で明らかにはなっておらず、私たちは種々の課題にも直面します。

 このとき語られた13「ムナ」の譬はタラントンの譬(マタイ25:14~)と似ているようで、内容は異なっています。10人に平等に預けられた16・18・20「一ムナ」とは、主イエスが13「帰って来るまで」頼りにすべく与えられた神の言葉を意味しているのではないでしょうか。神の言葉は信頼して生かすならば10倍5倍(16・18節)の恵みをもたらすのであり、それを生かさずに20「しまってお」くことは大変残念なことだと教えられています。

 旧約で、先週と同じ箇所を開きました。モーセが出エジプトの民に改めて神の前での決意を問うたのは、もはや彼は約束の地に同行できず、民はかの地で神との契約・その言葉を頼りに道を選びとって生きていかねばならないからです(4:21~)。同じ決意は、神の国を確立すべく主イエスが帰って来られるのを待ちつつ生きる私たちにも求められています。

 今年の2.11宮城集会の案内が出来上がりました。現実世界の平和をどのように求めるのかは、聖書に直接書かれてはいません。でも神の言葉を心の内に20「しまってお」くことは残念だ、と主は言われるのです。こうしたいわば応用問題にどのように答え、今を歩んでいくかが、私たちに問われていましょう。

「今日はあなたの家に泊まりたい」

ルカによる福音書 19章1~10節
申命記 29章9~14節

 

 老いたザアカイが毎朝1本の木の世話をしていた。なぜと問われて、“ここで主イエスに出会ったあの日から、私の人生は変わったからだ”と答えた。こうした伝説があります。

 占領国ローマ帝国への税を集める 2「徴税人」は、いわば売国奴だとして 7「罪深い」とされていました。日々敵意に囲まれ生活していたザアカイは、何かを欲していたのかもしれません。この日彼は 3「イエスがどんな人かを見ようと」願い、いちじく桑の木に登りました。一方、10「失われたものを捜して救う」宣教の旅を続けていた主イエスは、この日樹上のザアカイを見出したのでした。 5「今日は…あなたの家に泊まりたい」とは、宣言の意を含んだ強い言葉です。主の憐れみとザアカイの求めとは、この日決定的に交わったのでした。

 開いた旧約の箇所は、40年にわたる荒野の旅を終えていよいよ約束の地に足を踏み入れる出エジプトの民に語られたものです。繰り返される 9・11・12・14・14「今日」との言葉は、「命と幸い、死と災い」(30:15)のどちらをあなたは選ぶのかとその決断を問うものです。そして、14「ここに…共にいない」後代の者もそうした決断の今日を与えられるのだと語られています。

 主の憐れみと出会う時、大切な決断を果たす時、私たちにもそうした今日があることを覚え、与えられた日々を歩みゆく者でありたく願います。

新年礼拝 「信仰にあって壮図を抱く」

ヨハネによる福音書 8章31~38節
詩編 20編1~10節

 

 新島八重の生涯を描いた大河ドラマ“八重の桜”がいよいよ始まることになり、同志社関係者はいささか浮き立っています。1887年6月新島襄・八重は東華学校開校式のため来仙したことから、同志社校友会宮城県支部は今年6月8日に東華学校記念碑の前での式典を計画しています。なお新島襄の日記には、その後6月27日に大町会堂時代の当教会の礼拝に出席したとあり、八重も同行していた可能性が高いでしょう。

 襄の目指した伝道とは人々の教化にとどまらず、キリスト教の価値観を根づかせ新しい日本の建設を目指すものでした。1880年に行った説教“文明ノ基”で32「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」との聖句を引きつつ、人は神のみ旨を知るときに本当の自由人となることができると語り、その具体化のために教会と学校を建てると述べています。“…劣才たとえ済民の策に乏しくとも、なお壮図を抱いて此の春を迎う”とは襄が46歳で召天したその3週間前の正月に詠んだ漢詩の一部ですが、彼にとっての“壮図”とは百年後二百年後の日本にみ旨を仰ぎ良心に生きる真の文明が実現することだったでしょう。彼の視点においては、同志社も東華学校も当教会もそうした使命を帯びていたのです。

 いにしえの詩人が 8「我らの神、主の御名を唱える」ことこそ歴史の荒波を超えて固く立つのだと歌ったように、私たちも信仰にあって壮図を抱きつつ与えられた2013年を歩みたく思います。