「御心に適うこと」

ルカによる福音書 10章17~24節
詩編 8編1~10節

 

 “あんた、生まれてくれてありがとう”。初代秘書だった宮嶋裕子姉は誕生日に電話で、三浦綾子さんからこう言われたのだそうです。多くの人がその作品に影響を受け信仰を導かれた三浦綾子さんですが、私が身近に接したご本人は北海道弁で喋る普通のおばさんでした。

 神の平和を指し示し分かちあうべく(5~6節)派遣された17「七十二人」が喜んで帰ってきたとき、主イエスは21「これらのことを…幼子のような者にお示しにな」ったことを神に感謝しました。ここの21「幼子」の原意は“言葉なき者”です。主イエスが宣教の器として選ばれたのは21「知恵ある者や賢い者」ではなく特別な言葉をもたない者たちでしたが、その彼らは町々村々の人々と神の平和を豊かに分かちあうことができたのです。

 詩編8編は 2「天」と 2「大地」の広がりにあって“私”がまことに微小であること、いっぽう他の誰でもない“私”として 5「御心に留め」られ 5「顧み」られていること、この人間の二つの側面を見つめています。そしてそれは知者・賢者の洞察ではなく 3「幼子、乳飲み子」が知っていることだ、と語るのです。

 かつて幼子でなかった人はいません。わが身にも盛られた恵みと平和を分かちあうこと、これが伝道・宣教の原点です。三浦綾子さんはこのことを追い求めて作品を紡ぎ続けられた方でした。

「平和の子」

ルカによる福音書 10章1~12節
イザヤ書 11章6~10節

 

 津波被災でN姉が消息不明になって以来、“今、思い浮かべる一人一人の上に”との言葉をつけ加えて祝祷をするようになりました。私たちはわが身に恵みを頂くのみならず、それを分かちあうべく礼拝から押し出されてゆくのです。

 試みのある世に私たちは歩んでいますが(3節)、主なる神は今も生きて私たちに働きかけられます。そして私たちの内にはその働きかけに響き合うものがちゃんと備えられているのだ、と聖書は語ります(創世記2:7)。

 同様に、私たちは他者とも響き合い、頂いた恵みを分かち合うことができると主イエスは言われます。あなたはその人のために 5「平和があるように」と祈ることができるし、あなたがたの中に 6「平和の子」があれば神の平和はそこで響き合うだろう、と主は語られました。

 生きとし生けるものに分け与えられた神の息、これこそ 6「平和の子」なのではないでしょうか。世の諸力が相い働く中で、私たちはその息吹を押しとどめて歩んでいるのかもしれません。でも神に導かれてその 6「平和の子」たちが響き合うとき、世に生きる私たちも 3「狼」と 3「小羊」とが共に宿る神の国の希望を垣間見得る(イザヤ11:6)、こう教えられています。

世界聖餐日礼拝 「過越の完成を仰いで」

ルカによる福音書 22章14~23節
出エジプト記 12章21~28節

 

 聖餐の原型は十字架につけられる前の晩、主イエスが弟子たちと共にまもった15「過越の食事」でした。それは出エジプト12章に記されるように、主がイスラエルの民を苦難から導き出されたことを記念する行事でした。

 ところが24「永遠に守らねばならない」と命じられたこの儀式も、一時絶えたことがあったようです(列王記下23:22)。大国の狭間で民が右往左往していたこのB.C.7世紀に、ヨシヤ王は過越祭を再興しました。この祭を共にすることを通して、現実の苦難からの叫びに神は耳を傾けられること、歴史へと手を伸べて救い出されること、我々はこの神に支え導かれる民であることを再確認していったのです。

 15「過越の食事」において主イエスは16「神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決して過越の食事をとることはない」と、この食事が過去の救いにとどまらず来たるべき完成の成就をも記念するものであることを明らかにされて十字架へと進まれました。私たちの歴史に手を伸べられる神は、その苦しみをも共にしさらには担われ、ついに完成へと導かれるのです。聖餐で私たちは、苦難と救いの記憶、主イエスの受肉と十字架、そして神の国での祝宴、多くの恵みを味わうのです。