「パン五つと魚二匹があります」

ルカによる福音書 9章10~17節
イザヤ書 58章6~8節

 

 13「パン五つと魚二匹」は、主イエスが14「五千人」以上の人を養われたとの大きな恵みを指し示すシンボルとして、キリスト教美術にも現れます。が弟子たちが13「パン五つと魚二匹しかありません」と言っているように、それは本来欠乏と無力を吐露した言葉だったのです。

 これは、主イエスから派遣された弟子たちが(9:1~)10「帰って来」た直後の出来事でした。派遣されて、彼らは何を体験してきたでしょう。大きな成果を上げることもあったでしょうが(10:17)、自らの無力を思い知らされることも多々あったはずです(9:40)。課題の大きさに比してできることはこれしかない、とは震災の今を生きる私たちの思いでもあります。

 そのような思いで13「…しかありません」と差し出した13「パン五つと魚二匹」を、主イエスは神の前に祝し用いて14「五千人」以上を養われました。大いなる主の力をもってすれば、何も無いところから皆を満たすこともできたかもしれません。しかしそうではなく、主は私たちの乏しさをも用いられるのです。13「…しかありません」ではない、“ここに…があります”と答えなさいと主は呼びかけておられることを思います。

「ヨブからの教訓」

ヨブ記 42章1~6節
ローマの信徒への手紙 11章36節

 

 説教  鈴木 眞 牧師 (明石ベテル教会、明石愛老園伝道所)

 

 明治期、兵庫県北東部に“丹波ヨブ”が実在した。らい病を患って、仕事を失い、妻や家族から捨てられ人里離れた所で、最後までキリストの信仰を全うした。

 旧約のヨブ(JB)は物心両面豊かで、信仰の篤い人物と評されていた。天上の会議で、彼の信仰生活に大試練を与えて真偽を明らかにすることになった。それで、彼はある日突然家族や財産を失い、重病になった。然し彼は「主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」(ヨブ1:21)、「私達は神から幸福を頂いたのだから、不幸も頂こうではないか」(同2:10)と答えた。友人らは彼の悲報を耳にして見舞ったものの、結局彼の罪・過ちが災難を招いたと糾弾した。一方、ヨブは自分に何ら落度・罪・過ちがない、無実だと反論し、互いに是否を争った。最後に主の臨在があって「私(ヨブ)は塵と灰の上に伏し自分を退け、悔い改めます」(ヨブ42:6)と、主の摂理・計画への無知や高ぶりを悔い改め、主神や友人と和解した。晩年ヨブは物心が二倍に祝されたと結ぶ。

 筆者は16年前阪神淡路大震災を経験した。そして今回大震災が東日本一円を襲った。国家的ヨブの大試練だ。幾つかの教訓は

①悔い改め;シロアムの塔の倒壊で18名が犠牲なったのは、私どもの悔い改めへの警告。(ルカ13:4~5) 今回自然災害が人災になった。科学万能という驕り・高ぶり(消費の美徳。原子力の過信、遺伝子操作等生命倫理)を悔い改め、神人の前に謙遜であれ。

②失って始めて知る;人の命は、他の命の犠牲の上に立っている。主イエスが十字架の犠牲になられて、私どもに新しい命(救い)が与えられた。外国人労働、化石燃料・資源を消費し、又魚・家畜や野菜・果物の命の犠牲(食料)の上に、私どもの命が築き上げられている。

③二倍の祝福を;大災害・困難や試練が転じて、やがて恵みと祝福に変えられることを。「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)と祈り続けよう。原爆体験、第五福竜丸の被爆、原発の体験をしたからこそ、世界中の人々に真の平和を声高らかに主張できる。困難や試練(例:愛老園伝道所;捕囚[閉鎖に近い状態]が丸2年)が大きければ大きいほど、それを乗り越えたら、更に大きな恵みや祝福になることを確信する。アァメン。

「あなたがたを遣わす」

ルカによる福音書 9章1~6節
イザヤ書 6章8節

 

 教区センター・エマオに置かれた被災者支援センターからは、震災発生4ヶ月を過ぎた今も若林区七郷地域に毎日ボランティアが出かけています。奉仕しているのは全国各地から応募してきた若者で、必ずしもキリスト者とは限りません。人手でできる作業量は必ずしも多くはありません。むしろ地域の人たちと信頼を結び支えあうことができることに互いに気づけることが、より大きな働きなのだと思います。

 当初からこうした関係があったわけではありません。地域の人を紹介してくれたJOCS派遣の楢戸健次郎医師と、ボランティア受け入れを引き受けてくれた地元の菅原さんが 5「迎え入れ」てくれて、 4「そこにとどま」ることができるようになったのでした。

 12人の使徒たちが主イエスから派遣されたとき、授けられた 1「力と権能」とは何だったのかと思います。確かに彼らは大きな成果を上げもしましたが(10:17)、時に無力をも露呈したからです(9:40)。世界の隅々にまで 6「福音」をもたらすべく来られた主イエス(4:43)から 2「遣わ」されたとの事実こそが最大の 1「力と権能」だったのではないでしょうか。そしてこの 1「力と権能」は若者たちの働きを通しても生きて働いていることを思います。

「あの日、共に癒された」

ルカによる福音書 8章40~56節
イザヤ書 57章14~19節

 

 この箇所には、同じ日二人の女性が主イエスに癒されたことが記されています。片や41「会堂長」という地位も名誉もあったヤイロという人物の娘。片や婦人病で43「出血が止まら」ない、すなわち汚れた者として人々から遠ざけられ(レビ15:25)、さらには43「全財産を使い果たし」て困窮していた女性です。

 まったく関係のない二人ながら、不思議に42「十二歳」43「十二年」という年数が符合しています。わずか42「十二歳」で生涯を閉じなければならないかもしれない、43「十二年」も苦しみ続けた、というどうにもならない状況にあって彼らは主イエスに助けを求めたのでした。そして主はそうした求めを48「信仰」と呼び、癒し、50「恐れることはない」48「安心して行きなさい」と救いを宣言されたのです。

 この二人がいつの日か出会ったときのことを想像します。“私たちはあの日、共に癒された”と主のみわざを賛美したことでしょう。今日も様々の、多くの危機と求めがあります。この箇所は主イエスがその一つ一つに向き合いみわざを顕されること、そして救いを通して人と人とを結び合わされることを指し示しています。

「私は唇を閉じません」

ルカによる福音書 8章26~39節
詩編 40編1~12節

 

 22「向こう岸に渡ろう」と嵐のガララヤ湖をも越えて主イエスがやって来られたのは、この地にも主の癒しを必要とした人々がいたからです(11:20)。

 30「レギオン」とは、6000人から成るローマ帝国の軍団の名です。すなわちこの人は強大な非人間的力に捕らえられ、他者からのさらには自己からの疎外に苦しんでいました。主イエスは悪霊を豚の中へと追放され、この人を解放されたのでした。

 しかし町の者たちはこのことを必ずしも喜ばず、むしろ37「出て行ってもらいたいと」主イエスに迫りました。こうして主イエスら一行は、ただ一人を癒してこの土地を後にされたのでした。

 この地での主イエスの宣教は、失敗に終わったのでしょうか。いや、主イエスに癒された彼がこの地にとどまり、解放の訪れの証言者となったのでした。

 このとき悪霊は根絶やしにされたわけではありませんでした。その力は町の者たちにも入り込んでいたのかもしれませんし、いつの世にも現れて人を捕らえようとします。しかしこれに打ち勝ち解放する主がこの私をも訪ねてくださる、この福音は癒された彼からこの町の人々へと伝えられていったのです。