7月のおたより

 最近、週報の予定欄などに「とな会(仮)」とあるのを見て、??… と思った方もおられるかもしれません。

 教会には、主にある交わりを結ぶための“エイジグループ”があります。当教会には青年会・若樹会(子育て世代の会)・ナルド会(婦人の会)・四季の会(壮年の会)がありますが、青年会と若樹会は最近、開店休業状態になっていました。人数が減ったこともですが、近ごろ若手が勤務先でほんとうに忙しくなってきていることも影響していると思われます。

 でもこのままではいけないと、まずは50歳までの会をつくって広い交わりを目指していくことになり、5月25日に発足会がもたれました。そこでこの会につけられたのが「とな会(仮)」です。その意味するところは…、“私たちは「おとな」の手前 だから頭の一文字を取って「とな会」なんだとか。

 このネーミングに対しては、“ふざけとんのか?” とか “ユニークでいい!”とか、評価はさまざまです。そんなことで改名もありうると(仮)とつけられています。

 ともあれ、この会が豊かに用いられみんなの成長に資することを祈っています。ただ、50歳までが果たして「おとな」の手前なのかは??…ですが。

6月のおたより

 6月15日、当教会は「子どもの日・花の日」大人と子どもの合同礼拝を行いました。「子どもの日・花の日」は子どもたちに神さまの祝福を祈り、神と人とに喜ばれる成長を祈って、今から160年くらい前にアメリカの教会で始まったものです。ほんとうは6月第2の日曜日なのですが、今年はペンテコステ(聖霊降臨日)と重なったため、当教会では翌週に移動しました。世界中の教会で同じ悩み(?)があったと思います。それぞれ、どうなさったのでしょうね?。

 例年この日、当教会では合同礼拝をまもり、礼拝後には愛餐会を開いて、大人も子どもも共に神さまの家族であることを分かち合います。また持ち寄られたお花が子どもたちにプレゼントされます。

 今年の礼拝では、困難や曲折の中にも夢を見続けたヨセフのお話をしました(創世記37章~)。子どもたちが神さまからの希望に導かれつつ、夢を掲げて成長しゆくことを祈りたく思います。

 

5月のおたより

 東北学院土樋キャンパスの一隅に現存する印象的な洋館は、当教会初代仮牧師J.H.デフォレスト宣教師ご一家が住まわれた旧・宣教師館です。1887(明治20)年ごろの建築と言いますから、築120年以上を経ている貴重なものです。戦後ここに住まれた宣教師の名をとって長く “シップル館” と呼ばれてきましたが、昨年3月の登録有形文化財登録に伴い、改めて “デフォレスト館” と名付けられました。

 この建物も東日本大震災で傷み、現在は立ち入り禁止となっています。が、東北学院は保存復元検討委員会を立ち上げられ、先日調査とシンポジウムを開催されました。松本宣郎学長がこのことを当教会の名も挙げて報告され、修復の日をお待ちくださいと呼びかけてくださっていますhttp://www.tohoku-gakuin.ac.jp/president/2014/02/

 楽しみに、その日を待ちたく思います。

 

4月のおたより

 イースターを迎え、会堂正面十字架の背後に見える“こぶし”が白い花を咲かせています。この木は、1950(昭和25)年のイースターに受洗者たちが記念に植えたものです。1973(昭和48)年の移転に際して、東三番丁の思い出として現在地に移植されました。主の復活を祝って60年以上咲き続けています。

 さてご報告が遅くなりましたが、当教会は昨年秋、痛んできた屋根の葺き替え工事を行い、クリスマス前に完成しました。これまでの緑色の少しやわらかな印象から、茶色のシックな雰囲気に変わりました。

 なお、北根4丁目からの大通りから教会を目指すのによい目印だったイトキンビルの解体が始まっています。東日本大震災でダメージを受けたことによります。 教会の道案内をするときには、気をつけなければなりません。これからは“北根4丁目の交差点から坂を上り、二つ目の信号を左折、道なりに進んでみえてくる茶色屋根の大きな建物が教会”、ということになります。どうぞよろしく。

 

 

3月のおたより

 震災発生より3年を数える3月11日を迎え、仙台では日本キリスト教団主催の記念礼拝が開かれ、続いてもたれた東日本大震災国際会議に参加の海外出席者も含めて、約500名が祈りを合わせました。なお課題続く東北の被災者に主の慰めと導きを求めると共に、原発破綻によって地に決定的な汚染をもたらした私たち人間の罪をおぼえるひとときでもありました。

  さて、この月を覚えて、各地で震災を覚え、被災者を支えるさまざまな集いがもたれています。その一つとして、関西を本拠地に活動されている声楽グループ“La 萠 Mie”の被災地支援コンサートがあります。

  同グループは、2012年より毎年3月に宮城県の仮設住宅や福祉施設などを訪れ、歌声によってみんなを支える働きをプレゼントされてきました。今年も、牡鹿半島・石巻・東松島、そして当教会でコンサートを行われます。その美しい歌声と深く響く歌詞のひとつひとつは、たしかに慰めと励ましを与える力を秘めていると思います。

  当教会のコンサートでは、教会メンバーの最上巌さんも共演されます。きっと豊かなひとときになるでしょう。どうぞ楽しみにおでかけください。

 

La 萠 Mie ・ 最上 巌 ジョイントコンサート

~ 葉 祥明 「宇宙からの声」とともに ~

3月23日(日)13:00~  当教会において  入場無料

2月のおたより

 先週今週と、土日のたびに大雪となっている仙台です。おうちから出られずに礼拝に集えないメンバーもいます。それぞれにまもりを祈ります。そして、仮設住宅などでこの雪のときを過ごしておられる被災地の皆さんに、まもりを祈ります。

 まもなく震災発生より3年を数えようとしています。もう3年か、まだ3年か、さまざまな思いも重なります。

 今年の東日本大震災3周年記念礼拝は、教団主催で行われることになりました。また引き続いて、姜尚中さんによる講演会が開かれます。これは、3月11~14日に開催される「東日本大震災国際会議」のオープニング・プログラムとしてもたれるものですが、どなたも参加できます。特に申し込みもいりません。

 国際会議には海外の教会から約60名・日本の教会から約150名が参加し、「原子力安全神話に抗して-福島からの問いかけ」のテーマのもと話し合い、ステートメントを発表します。意義ある会として整えられ、導かれるよう、祈ります。

 先日は、仙台にて記者会見も行われました。一般紙にてもお知らせや報道がなされるかもしれません。

 

東日本大震災3周年記念礼拝           3月11日(火)14:00~15:30

説 教  :  高橋 和人 牧師 (仙台東六番丁教会)

 記 念 講 演                     3月11日(火)16:00~17:30

姜 尚中 氏  (聖学院大学全学教授・東京大学名誉教授)

 「犠牲のシステムを超えて - ミナマタ・ヒロシマ・フクシマ」

会場はいずれも、東北学院大学土樋キャンパス「ラーハウザー記念礼拝堂」です

 

1月のおたより

 1月12日、遠く群馬よりおいでくださった山下智子先生(新島学園短大宗教主任)は、午後の伝道講演会にて新島八重の生涯についてわかりやすくお話しくださると共に、午前の礼拝では新島襄が仙台にて行った説教に触れてメッセージをくださいました。

 すでに大河ドラマ”八重の桜”は完結しましたが、そうした訳でさらにもう一回新島のことについて触れます。

 新島襄が説教したのは、残念ながら当教会においてではありません。1886(明治19)年5月30日に仙台日本基督教会(現在の仙台東一番丁教会)にて、“愛をもってこれを貫く”という説教がなされたのでした。これは原稿も残っています。

 実は、同教会の押川方義牧師と新島襄は、仙台に英学校を創るにあたって当時ライバル関係にありました。この年二人は何度か会談を重ねましたが、一致を見るに至りませんでした。そうした中で押川は新島を礼拝に招き、新島は十字架上で敵のために祈ったキリストを指し示して、この広く深く高い愛こそが私たちを共々に引き寄せ、今も働きかけて私たちを歩ませるのだと説教したのでした。

 それぞれの主義主張を大切なものとしつつも、そうした違いを抱えたそれぞれを招きとり用いられるキリストにあって信頼を交わして働き得ることを二人は内に感じていたのではないでしょうか。

 この年、新島は宮城英学校(後の東華学校)を、押川は仙台神学校(現在の東北学院)を創立します。こうしてそれぞれの働きに向かいつつも、主への祈りの内に連帯の思いを覚えた二人ではなかったか、そう思うのです。

当日の説教原稿、その冒頭部分

初行に「押川君ノ教会」、末尾に「愛以貫之」

12月のおたより

 ついに大河ドラマ「八重の桜」も最終回を迎えようとしています。新島襄や同志社と関係の深い当教会関係者は1年間興味深く視聴し楽しんできましたが、いまひとつ踏み込みが足りないと思えたこともいくつかありました。

 “ハンサム・ウーマン”八重の人となりはドラマでさまざまに描かれました。この呼び名は、婚約直後に襄がアメリカの恩人ハーディ夫妻に書き送った手紙に由来しています。八重の写真を同封した上で、襄は“Of course she is not handsome at all. But what I know of her is that she is person who does handsome. (もちろん彼女はぜんぜん美人ではありません。しかし、私が彼女について知っているのは、美しい行いをする人だということです。)”と書いたのでした。もちろんこのシーンはドラマに出てきましたが、前半の言葉は省かれていました。綾瀬はるかさんを指して、こうは言えなかったのでしょうね。

 また、晩年の襄が大学設立の思いを演説する場面で、「此の一国の良心とも謂う可き人々を養成せんと欲す」(同志社大学設立の旨意より)との肝心の部分が「精神」に置きかえられていたのは残念でした。

 でもこのドラマを通じて、多くの人が襄や八重を身近に感じることとなったでしょう。そして、彼らを動かし導いていった聖書の福音に目を向けてもらえればと願います。

 そうした思いを込めて、1月12日(日)13:30~、伝道講演会「新島八重ものがたり-わたしらしく生きる-」を開催します。講師の山下智子先生は、大河ドラマ撮影に立ち会ってキリスト教関連の指導を担当してこられました。裏話なども伺えるかもしれません。どうぞお楽しみに、おいでください。

教会ホームページに、詳しいご案内が掲載されています。

1876(明治9)年、結婚した年の襄と八重

11月のおたより

 今年のクリスマスのご案内の絵は、15世紀に今日のベルギーで活躍した画家フーゴー・ファン・デル・グースの“牧者の礼拝”の一部です。

 幅2.5メートルもある大きな絵の中央部だけを拡大しましたので、降誕されたばかりのイエスさまと母マリア、父ヨセフ、礼拝する天使たち、そして動物たちだけが見えていますが、左側には礼拝に駆けつけた羊飼いたちが小屋に走り込んでくる様子が印象的に 描かれています。

 福音書が伝えるところによると、救い主の降誕を知らされた者はほかにもいたのです。でもかえって不安を抱き、その場には向かいませんでした。結果、羊飼いたちが世界の民全体に与えられた大きな喜びの最初の証人となったのでした。

 この絵は、さああなたも救い主のもとに駆けつけ、その恵みにあずかる者となれ、と語りかけています。共に、今年のクリスマスのよろこびを分かち合いましょう。

10月のおたより

 ご承知のとおり、当教会の入口は勝山南公園との間の側道にあって、門の前にお知らせを出しても残念ながらあまり目立ちません。バスが通る広い道に面しては、幼稚園の看板が出ていました。この8月末、この看板を生かして「めぐみの森」活動のお知らせを掲出しました。「教会学校」「親子グループめだか」「こひつじ文庫」「子育てママのつどい・わかぎ」「中高生の会・子羊たちの夕べ」と、それぞれイラストや写真もたのしくアピールしています。隣には、教育館2階スペースで稼動している「食品放射能計測所・いのり」の大きな掲示も出ています。

 “幼稚園はなくなったけど、へぇ~こんなことやってるんだ”と、教会の生きた活動を道行く人に知っていただければと願っています。

 11月10日(日)午後には恒例の教会バザーも行われます。地域の方もおおぜい教会においでになるでしょう。