「新しい布、新しい革袋、新しい生き方」

ルカによる福音書 5章33~39節
イザヤ書 42章1~9節

 

 皆が33「断食」しているのに33「あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしている」とその常識外れを問われたとき、主イエスは36「新しい…布切れ」37「新しいぶどう酒」の譬を語られました。晒していない36「新しい…布」は収縮度が高く37「新しいぶどう酒」はガスを含んでいて、36「古い服」37「古い革袋」を損なってしまいます。そのように主イエスのみ業はダイナミックであって、古いあり様では受け止めきれないことを教えられたのでした。

 併せ開いたイザヤ42章でも人の思いを超えゆく主のみ業が語られています。 9「成就した」 9「初めのこと」とは、異国ペルシアの王キュロスによるバビロン捕囚からの解放でした。これも思いもしなかった天の配剤でしたが、さらにこれを超えゆく 9「新しいことを…告げよう」と主は語られたのでした。

 3「傷ついた葦を折ることなく…裁きを…確かなものとする」 1「僕」とは、仕える仕方で福音を告げ知らせ自ら十字架へと進まれた主イエスを思わせます。さらにこの主が今も生きて、私たちの思いと行いに先立ち 9「新しいこと」を起こして歴史を導かれることがここでは指し示されていましょう。

 主イエスは先の譬を語られると共に、福音がもたらされた今は34「婚礼」にも比すべき喜びの時なのだと告げられました。私たちは礼拝において、この喜びに立ち戻ります。バビロン捕囚から帰還した民は「今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。…主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」との呼びかけのもと礼拝を再開し、共々に喜び祝いました(ネヘミヤ 8:10~12)。私たちも主の臨在とそのみ業を喜び祝う中で、新しい一週を新しく生きるべく派遣されて行くのです。

「床を担いで家に帰りなさい」

ルカによる福音書 5章17~26節
詩編 78編40~58節

 

 当時の18「家」は箱型で外階段があり19「屋根」は木の枝や日干し煉瓦・土などで出来ていましたから、穴をあけることは難しいことではありませんでした。が、19「人々」が集まっているその真上から穴をあけ19「病人を床ごとつり降ろした」というのは、あまりに大胆そして非常識な行動です。

 この病人と連れてきた18「男たち」は強い絆で結ばれていたのでしょう。主イエスの評判を聞きつけ、重荷を一刻も早く取り除いてほしいと18「床」に乗せた彼を懸命に運んで来たのです。主イエスは20「その人たちの信仰を見て」、20「人よ、あなたの罪は赦された」と宣言されたのでした。

 ところが人々の一部から訝りが起こりました、21「神のほかに…だれが罪を赦すことができるだろうか」。これに対し主イエスは、23「『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか」と訊ねられたとあります。口で罪の赦しを言うのは簡単だ、と人々は考えたかも知れません。が、主イエスのこの宣言は容易く発せられたものではありませんでした。

 20「罪」の原意は“的を外す”ということです。神の恵みの許に創られ養われながら繰り返しこれを裏切ったイスラエルの民を指弾する詩78編は、その罪について57「真実を失い、狂った弓のようにねじれた」(口語訳)と記しています。喜びを希望を平和を願いながら互いに傷つけあう世と私たちは、このねじれを断ちがたく纏っています。この罪の呪縛から神の大いなる祝福へと世と被造物を解放するために、主イエスは十字架へと進まれたのです。

 癒された彼に、主イエスは24「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われました。24「家」とはこれからの歩みのこと、24「床」は彼がしてもらった重荷の担い合いを指していましょう。神の赦しのもと互いに支え合い生きること、それが罪に勝って生きる道だと主は彼を、人々を、そして私たちを送り出されたのです。

「人間をとる漁師」

ルカによる福音書 5章1~11節
エレミヤ書 16章16~18節

 

 神の国の宣教を始められた主イエスが、 8「シモン・ペトロ」10「ヤコブ」10「ヨハネ」らガリラヤ湖の漁師を弟子に召された場面です。10「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」との主イエスの呼びかけに、彼らは11「すべてを捨ててイエスに従った」のでした。いったい何が彼らを動かしたのでしょう。

 主イエスは彼らのことをしっかりと 2「ご覧になっ」ていました。彼らが徒労感の中で 2「網を洗っていた」こと、おそらく 5「夜通し苦労」したのに全くの不漁であったことなどをです。その後 3「舟から群衆に教え」られたとき一番そばにいながら必ずしも聞いていなかったシモン・ペトロに、主イエスは彼らの生業である 4「漁」を通してみ業を顕わされたのでした。

 10「人間をとる漁師」との表現には、併せ開いた16「見よ、わたしは多くの漁師を遣わして、彼らを釣り上げさせる…わたしの目は、彼らのすべての道に注がれている」との旧約の言葉が響いています。ここには人の18「罪と悪」を見逃すことなく、ついには救いに導かれる主のみ業が語られています。

 彼らはそのような眼差しでこの私をも見つめ召される主イエスに出会い、そのような神の漁へといざなわれたのです。ここから始まった彼ら10「人間をとる漁師」の歩みは大いなる充実と祝福に溢れたものとなりました。シモン・ペトロは種々の失敗や挫折を経験しつつもそれらを凌駕する赦しと派遣を繰り返し与えられ、主に従う生涯を全うしました。同様に主に捉えられて従い、その生涯を充実の内に歩んだ多くの信仰者を私たちは知っています。

「福音の種蒔き」

ルカによる福音書 4章42~44節
イザヤ書 28章23~29節

 

 新島襄ゆかりのカタルパを教会前庭に植樹してより3年、40cmほどだった苗木は180cm位にまで成長しました。その後も同志社関係者の尽力によって福島の牧人会本部・福岡の警固教会などに苗木が植えられ、それぞれ元気に成長しているようです。

 宣教の業に入られた主イエスは、31「カファルナウム」の町を拠点としてガリラヤ伝道を始められました。悪霊や病気など様々な力に囚われ苦しむ41「一人一人に手を置き」これを癒される主イエスの評判は広まり、多くの者たちが押し寄せるようになったのです。ある42「朝」、主イエスは42「人里離れた所」で祈っておられたとあります(マルコ1:35)。主イエスとても悩める一人一人と向き合い癒すことは力を注ぎ出すことであり、主なる神との深い交わりを必要としたことを知らされます。でもその場にも人々は押し寄せ42「自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた」のでした。

 でも主イエスは43「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ。」とこの町を発って行かれました。なお癒しが待たれているにも拘らず、主イエスはなぜ離れて行かれたのでしょうか。

 主イエスは43「神の国」、神の支配の到来を告げる43「福音」の種蒔きをしておられたからです。悪霊や病気の癒しは神の支配の実現、言わばその実りとして与えられたものでした。種はすぐに実りに到らなくてもやがて「三十倍…六十倍…百倍」の喜びに至る力を秘めている、これを仰げと主イエスは繰り返し教えられました(マルコ4章など)。

 カファルナウムの人々にも、そして私たち一人一人にもその種はすでに蒔かれています。その成長は大いなる29「主の計らい」の内に置かれており、喜びの実りへと導かれゆくのだと併せ開いたイザヤ28:23~に告げられています。

「主の恵みの年」

ルカによる福音書 4章16~21節
詩編 90編1~12節

 

  ローマ世界において古代から中世まで広く使われた暦は、B.C.45年にローマの執政官ユリウス・カエサルが制定したユリウス暦でした。当時の人はこの暦を用いつつ、ローマ建国年や皇帝即位年などを起点として年を数えていました。がA.D.525年に神学者ディオニュシウスがキリスト降誕を起点とする紀年法を提案、これがキリスト紀元(西暦)となりました。後年、キリスト降誕以後がA.D.(Anno Domini=ラテン語で主の年)、以前はB.C.(Before Christ=キリスト以前)と呼ばれるようになったのです。

 国や元首を暦の起点とするのは、時・歴史への支配権を示すものです。キリスト紀元は時・歴史を人間の支配から解き放ち、主なる神に帰す役割をも持っていました。そしてB.C.は天地創造、A.D.は主の完成へも遥かに接続されたのでした。

 今日開いた詩編90:1~12には神のみが時の主であること、実に 4「一時」に過ぎない私たちの生がでも確かに神の歴史に刻まれ覚えられていることが告げられています。

 ルカによる福音書によると主イエスは宣教開始から間もなく出席された安息日礼拝の場でイザヤ61:1~2を朗読され、大いなる解放と自由の訪れを告げる19「主の恵みの年」が21「今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と宣言されました。その究極的な実現は主の完成の時を待たざるを得ないでしょう。しかしこの世界に来られた主イエスの福音を21「耳にした」ところからそれはすでに始まっているのです。私たちの日々にもそのような主の意思と恵みが刻まれていることを仰ぎ、大切に今を歩む者とされたく願います。

「神の前にいるのです」

使徒言行録 10章23~33節
詩編 82編1~8節

 

 年度が改まって間もなく、来任教師の就任式が相次いで行われています。これは、それまで他人であった者が主の前に出会い、共なる出発を果たしていく式とも言えましょう。

 23「ペトロ」と24「コルネリウス」も聖霊の不思議な導きによって、このとき初めて出会いました。加えて両者の間には、ユダヤ人と異邦人を隔てる壁がありました。両者はそれぞれに与えられた具体的な経緯を紹介しつつ、それぞれ、互いに26「ただの人間です」、33「わたしたちは…神の前にいるのです」と述べたのでした。

 きっかけや経緯は種々ありましょう。それらもさることながら、共々に33「神の前に」出会い、恵みそしてみ旨を分かち合うべく招かれているということが原点であり、それゆえに教会では互いを兄弟姉妹と呼ぶのです。

 み旨に導かれこの原点を確かめつつ、ペトロそして教会は(11:20)壁をのり越え、ユダヤ人と異邦人が共に福音にあずかる新たな時代へと踏み出していきました。私たちの間には主のとりなしと祝福があり、それゆえに私たちは恵みを分かちみ旨を求めていける、私たちにはこうした立ち返る原点があることを大切にしたく願います。

子どもの日・花の日合同礼拝 「子どものように」

列王記下 5章1~14節

 

 1「ナアマン」は、イスラエルの仇敵アラムの軍司令官です。家には、かつて戦乱の際捕虜としたイスラエルの 2「少女」がいました。 1「重い皮膚病」を患っていた彼はこの少女の助言を得て、預言者エリシャによる癒しを求めてイスラエルに赴く決意をします。

 彼は地位もあり、重用されていたのでしょう。アラム王からイスラエル王への親書も得、外交使節のようにやって来たのでした。が、策略が企まれているに違いないと、イスラエル王はこの求めを拒絶してしまいます。

 ナアマンはエリシャの家を直接訪ねました(9節)。が、エリシャは顔を合わせようともせず、10「ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい」との伝言を与えただけだったのです。怒ったのはナアマンでした。この無礼でいいかげんな対応は何かと憤慨し立ち去ろうとした彼でしたが、家来たちがこれをなだめ思い留まらせました。ナアマンが14「神の人の言葉どおりに」軍服や武器そして心の鎧をも脱ぎ去ってその身を14「ヨルダンに七度浸した」時、体は14「小さい子供の…ように」清くされたのでした。

 このお話では、体面や駆け引きまたプライドに縛られる人のあり様と、2「少女」や14「神の人の言葉どおりに」したナアマンの姿が対比されています。14「小さい子供」のようなあり様が主の前にむしろ尊く、敵味方の壁をも乗り越えさせると告げられています。

「こういうことが三度あり」

使徒言行録 10章9~20節
創世記 8章15~22節

 

 各地の教会を巡り歩いていた(9:32)ペトロが、神を求める異邦人たちと出会った場面です。当時、両者の間には隔ての壁がありました。ユダヤ人は選民思想に立つ律法を持ち、異邦人との交流を避けていたからです(28節)。これを常識のように、教会またキリスト者も受け継いでいました。加えて 1「コルネリウス」は、ユダヤを占領支配するローマ帝国の駐留軍隊長でした。

 この両者に、主が働きかけられました。コルネリウスはペトロを招けと促され(5節)、ペトロは一つの幻を与えられました(11~16節)。それは、旧約以来食べることを禁じられているもの(レビ11章等)を食べよと繰り返す、不思議なものでした。

思えば、ペトロは16「三度」ということに縁のある人物です。主イエスの捕縛に際して三度主を否んで自らの弱さに敗れ(ヨハネ18:15~)、その痛恨の思いを受けとめてくださった復活の主から三度「わたしの羊を飼いなさい」(ヨハネ21:17)と再度の召しを受けて再出発をしたのです。そうしたペトロですから、16「三度」の呼びかけに主の強い意志と指し示しを感じたに違いありません。

 そこには隔ての壁を打ち壊して、福音を世界にもたらすとのみ旨がありました。このみ旨に導かれ励まされ、ペトロ、また教会は(11:20)ユダヤ人と異邦人が共に福音にあずかる新たな時代へと踏み出していったのです。

 洪水の後に主が言われた21「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。」との言葉は、人間の悪を直視しつつ忍耐をもって向き合われる主の深い慈しみを示しています。世界と私たちはそのような繰り返しての憐れみと指し示しを頂いていることを、胸に刻みたく願います。

「新たな旅路へ」

使徒言行録 9章10~19節
創世記 50章15~21節

 

 ヨセフ物語は20「あなたがたは…悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え…救」いをもたらされる、との言葉で閉じられます。数々の愚かを重ね断絶を招いたヤコブの一家を、神は人の思いを超えるみ業をもって和解と祝福に導かれました。そしてその生けるみ手はその後も神の民に伴い、これを導いていると物語は告げているのです。

 今日開いた新約に現れる10「アナニア」と11「サウロ」も、厳しい断絶のこちら側と向こう側に立っていました。サウロはファリサイ派に立つ熱心な「教会の迫害者」(フィリピ3:6)であり、アナニアはこの時狙われていたダマスコの教会メンバーであったからです(2・10節)。ところが二人はそれぞれ、思いがけない生ける神の働きに捉えられました。サウロは激しく迫害を加えていた 5「イエス」こそが、熱心に従ってきたわが 5「主」であることをはっきりと示されました。そしてアナニアはあろうことか仇であるはずのサウロを訪ねて癒せ、15「行け」と有無を言わせず押し出されたのです。およそ理解そして承服し難い思いだったろう彼がそれでも従い17「兄弟サウル」と呼びかけたとき、二人の間の「敵意という隔ての壁」(エフェソ2:14)は崩されたのです。18「目からうろこ」の体験をしたのはサウロだけではありませんでした。アナニアも、そして教会も人の思いを超えゆく聖霊の働きとそれに応えた者たちの手助けによって、断絶から和解へと導かれたのです(26~28節)。

 人の罪、その頑なさはどの時代にも対立と断絶を生んでいます。が、それを超えゆく生ける神の働きがある、このことに励まされ導かれて歩み行きたく願います。

ペンテコステ礼拝 「派遣そして同行」

創世記 45章25節~46章7節
コリントの信徒への手紙 二 4章7~15節

 

 帰還した息子たちから26「ヨセフがまだ生きています」と知らされた父ヤコブは喜びに溢れ、再会を願いました。が彼には、祖父アブラハム・父イサクから受け継いだ約束の地を離れて良いのかとの迷いがあったはずです(28:4・13~15)。そうした彼に神は、エジプトへ下ることを恐れるなと告げられました(3節)。 4「わたしがあなたと共に…下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す」との呼びかけに、ヤコブは若かりし頃旅立った際に聞いた神の言葉(28:15)を思い起こした筈です。まことにその約束に違わずわが人生が主のみ旨とみ業の内に置かれていることに信頼し、晩年にして新たな世界へと 5「出発した」のでした。

 エジプトでファラオと会見したヤコブは自らの流転の歩みを振り返りつつ、その生涯を「旅路」と語っています(47:9)。この言葉には、貧しい「土の器」(Ⅱコリント4:7)のような生涯にも神が大いなる祝福を盛ってくださったとの感謝、そしてやがてはその神に帰り着くとの信頼が込められていましょう。

 今日は、この神のみ旨が今も生きて世界と私たちを導かれることを仰ぐ聖霊降臨日です。小さな私たち一人一人もこの主なる神からそれぞれの旅路へと派遣されていること、そしてこの生ける方の同行にあって日々を歩み得ていることを心に刻みたく願います。