収穫感謝合同礼拝 「すいかやメロンが忘れられない」

民数記 11章4~9節

 

 5「きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない」、荒野の旅の途中で出エジプトの民は不平を洩らしました。 5「きゅうり」は私たちの知るものとは異なり、すいかのことだと思われます。すいかやメロンは美味しさに加えて、汗をかくと失われやすいカリウムに富み、暑いエジプトでよく食べられていたようです。 5「玉葱やにんにく」も元気が出る食べ物として、ピラミッド建設の時代から好まれていました。

 でもエジプトで民は奴隷だったのです。助けを求めうめき叫ぶ声を主が聞き届けてついに解放し、今約束の地へと導き上ってくださっているのに(出3:7~)、民は美味しいものが食べられるのならば束縛の方がましだとつぶやいたのです。こうした民に、主は20「ついに…鼻から出るようになり、吐き気を催すほどになる」まで肉を食べることができると約束されました。やがてうずらが押し寄せて約束は実現しましたが、その貪欲のために大勢の民は倒れたのでした(31節~)。

 貪欲に陥るとき、人は何かの奴隷となることを自ら求めるのです。これは昔も今も異なりません。そのような世と私たちに、私が憐れみと犠牲をもって解放したのだから「奴隷の軛に二度とつながれてはな」らないと主は呼びかけておられます(ガラテヤ5:1、4:9)。私たちにも与えられた自由の尊さ重さを、心に刻みたく願います。

召天者記念礼拝 「はるかにそれを見て喜びの声をあげ」

ヘブライ人への手紙 11章13~17節
出エジプト記 13章17~22節

 

 19「ヨセフ」はイスラエル人でありながら、エジプトの宰相となった人物です。大飢饉の際イスラエル人をはじめ多くの民を助けるなど良き手腕を発揮し、エジプトの地で亡くなりました。しかし、神がイスラエルの民を顧みられ再び約束の地に導かれるとき19「わたしの骨を…一緒に携えて上るように」と遺言を残し、19「モーセ」と後継のヨシュアはその言葉通りにしたのでした(ヨシュア24:32)。エジプトの地で力を尽くしつつも、そこは13「仮住まい」の地であると考えたのです。

 この思いをさらに展開しヘブライ11章は、信仰者にとって13「地上」の生涯は13「仮住まい」であり、神の御許こそ14「故郷」なのだと語ります。これは13「地上」の歩みを軽視しているのではありません。スポーツの世界で “ホーム” “アウェイ” という言葉が使われます。神の御許そして完成というホームを仰いでこそ、アウェイにあっても13「喜び」つつ全力を発揮できることを指し示しています。この歩みの先頭には主イエスがおられます。主イエスこそアウェイなる地に来られて十字架に至るまでその歩みを全うされ、復活の勝利を得て天へと帰られたからです。

 今日記念している召天者もそして私たちも、地上の生涯において神の完成と平和を13「手に入れ」ることはないでしょうが、主イエスに連なる13「信仰」においてそれを仰ぎ見今を歩みゆくことができる幸いを与えられています(1節)。

宮城北地区の日交換講壇礼拝 「『塩の柱』の涙」

創世記 19章1~29節

 説教  布田 秀治 牧師 (いずみ愛泉教会)

 

 今年4月8日、セクシュアル・マイノリティの方に対する人権侵害・差別事件が起こされました。そこでは “聖書に書かれているから” と述べられます。聖書にどう書かれているのでしょうか。創世記19章は “ソドムの罪” が “同性間の性愛・性交” を意味すると考えられてきました。しかしここはそうではなく、hospitality=接待・歓待の大切さが書かれているのです。鍵になることは18~19章のつながりの中で読むということです。アブラハムの hospitality に対してイサク誕生の予告がなされたように(18:1~3・10)、ここではロトの hospitality に対して一族の命を守る約束が語られているのです(19:1~3・13)。この19章は、同性愛を禁止する内容ではないのです。

 26「ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった」と記されています。ロトの妻は神さまの命令に従わなかった不信仰のゆえに罰を受け、身を滅ぼしてしまったと解釈されてきました。しかしソドムの町には結婚して住んでいる娘たちがいます。その娘たち家族のことが気がかりです。そして、生き延びた自分を責める思いもあります。ロトの妻は後ろを振り返らずにはいられなかったのではないでしょうか。

 セクシュアル・マイノリティの人々に対する差別・排除が “聖書に書いてあるから” と正当化され、繰り返されてきました。そこには「自分と異なる人の生存権を踏みにじるゼノフォビア(外者恐怖症)の傲慢とホスピタリティの欠如」(山口里子)があります。そのために流された、数知れぬほど多くの涙の柱があります。私たちはその涙にこそ、思いを馳せたいと思うのです。

「このような子どもの一人を」

マルコによる福音書 9章30~37節
詩編 131編1~3節

 

 8:31~に続く、主イエスの2回目の受難予告です。しかし弟子たちは32「この言葉が分から」ず、34「誰がいちばん偉いかと議論し合」う有様でした。主イエスに問われて34「黙っていた」というのですから、これがみ旨に沿わないことだと知ってはいたようです。

 そのような中、主イエスは36「一人の子供」を36「彼らの真ん中」に立たせ、37「このような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」と言われたのでした。ユダヤ人社会において子どもが与えられることは祝福のしるしでしたが、自立できない子どもは無価値な存在でした。主イエスはそうした小さな者を36「真ん中」に迎え37「受け入れる」ことを教えられたのです。

 アメリカのエッセイスト、R.フルガムは著書 『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』 で、“人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々送ればいいか、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていた。” と書きました。そうかも知れません。生きるという基本においては、私たちは子どもと変わらないのです。

 その子どものようで小さな私が神の祝福に結ばれるために、主イエスは十字架への道を歩まれました。神の眼差しの前に私たち自身が認められ、受け入れられています。だからあなたがたも互いに受け入れ合いなさい、と主は指し示しておられます。

「信仰のないわたしを」

マルコによる福音書 9章14~29節
創世記 15章5~6節

 

 24「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」、考えてみればこれはおかしな言葉です。この父親はこの息子が21「幼い時から」、あらゆる治療・助けを求めてきたことでしょう。そして主イエスのもとに辿り着きましたが、18「弟子たち」も癒すことができませんでした。父親が口にした22「おできになるなら」との言葉に神への諦めを見た主イエスは、なぜ信じようとしないのか、求めようとしないのかと叱責したのです。そのとき父親は反射的にこう答えたのでした。

 熱心な修道士だったM.ルターは拭い去れない自らの罪と、聖書に繰り返し現れる「神の義」(ローマ1:17等)との言葉との間で苦闘しました。裁き主なる神の前で、私は決して正しくあり得ないと悩んだのです。が、繰り返し聖書に取り組む中で、「神の義」とはそうした罪人を十字架の贖いをもって赦し受けとめてくださる神の恵みのことだとの理解に到達しました。「義」とは関係が正常につながっているということであり、それはただ神の「福音」(ローマ1:17)=喜ばしき訪れとして私たちに与えられるのです。

 24「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」、こう叫んだ父親はこの信仰の原点に立ったのでした。この後主イエスが言われた29「祈りによらなければ」との言葉も、自らの欠けを知り、そのような私とも向き合ってくださる神を求めることです。

 この福音の原点を広く共有すべくM.ルターは1517年10月31日、ヴィッテンベルク城教会の扉に95ヶ条の論題を掲出し、ここから宗教改革が始まりました。この日から500年を数えます。

「十字架という栄光」

マルコによる福音書 9章3~8節
出エジプト記 40章34~38節

 34「主の栄光」とは、主なる神がご自身の臨在とその業を顕わされることです。出エジプトの民の間に34「臨在の幕屋」が完成したとき34「主の栄光」が満ちましたが、それはあまりに目映くて(出33:20)直接見ることはできませんでした。栄光を覆う34「雲」と38「火」に導かれて、彼らは約束の地を目指したのでした。

 主イエスが高い山の上で輝く姿に変容され旧約を代表する 4「モーセ」 4「エリヤ」と会談されたというのは、主イエスがキリストの栄光を帯びた方であることを示しています(7節、ヨハネ1:14)。しかし 5「ペトロ」ら弟子が感激に浸る間もなく、主イエスはいつもの貧しい姿へと戻られました。そして十字架の道を進みゆくべく 9「山を下り」られたのです。

 新約聖書でこの「栄光」との言葉を一番多用するのはヨハネ福音書であり、最も繰り返し現れるのが十字架の前の晩に主イエスがなさった“大祭司の祈り”においてです。「父よ、今…わたしに栄光を与えてください」(同17:5)、この「栄光」とは十字架を指しています。なぜ自身の死が「栄光」なのか、それは十字架においてこそ世に対する神の愛が顕されるからです。十字架という栄光、これはおよそ世の常識と食い違っています(Ⅰコリント1:21)。がそこにこそ真実を見、自らも「自分の十字架を背負って」(8:34)この主に従った代々の多くの人がいたことを私たちも知っています。

世界聖餐日礼拝 「私の後ろに廻りなさい」

マルコによる福音書 8章27節~9章1節
列王記上 19章19~21節

 

 ガリラヤを中心とした宣教によって主イエスへの期待と名声が高まる中、使徒ペトロは29「あなたはメシアです」と言い表しました。これは、最初のキリスト告白でした。

 がその直後、ペトロは33「サタン、引き下がれ」と激しく叱責されるのです。それは、主イエスが明かされたご自身の受難と死を否定したからでした。十字架こそ世と人々に救いをもたらすための主イエス最大の使命であることを、ペトロはじめ弟子たちは受けとめられませんでした。神の慈しみの計画は、人の思いをはるかに超えていたからです。

 ただし、ここで主イエスは “出ていけ” と言われたのではありません。33「引き下がれ」は34「後に従」うと同じ語であり、直訳すると “私の後ろに廻れ” となります。私の後ろに廻りその背を見てついて来なさい、そうすれば私の思い、その道をやがて知ることになるだろうと主は呼びかけられたのです。

 34「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と主は言われます。それはそれぞれの使命を担いつつ主のみ旨を求めること、主の背を見つめてついて行くことです。そうすれば、やがてこの世でついえることのないまことの35「命」に出会うであろうと告げられています。

「よく見えてきて」

マルコによる福音書 8章22~26節
詩編 66編5~20節

 

 今日の盲人の癒しの話は、7:31~の聞こえず話せない人の癒しとよく似ています。その人を22「人々」が連れてきたこと、主イエスはその人を連れ出し向き合われたこと、そして親しく触れて癒されたことなどが共通しています。

 一方「たちまち」(7:35)よく見えるようになったのではなく、主イエスが繰り返し23・25「両手」を置かれた点が異なります。24「見えるようになって」25「よく見えてきて」25「見えるようになった」にはすべて違った原語が使われており、この人が見るべきものをはっきり見えるようにされていった様子がわかります。また主イエスが繰り返して癒されたと記されるのも、珍しいことです。

 前の箇所には18「目があっても見えないのか」との、弟子たちに対する言葉がありました。この後も彼らは見るべきものを必ずしも見通せず(9:6・32、10:38、14:40等)、主イエスの捕縛に際しては皆逃げ出してしまう有様です。が、主イエスは彼らを捨てられませんでした。むしろ十字架をもって赦し復活をもって祝され、そこから彼らは福音を証しする者として立っていったのです。

 私たちも世も愚かさからの転回と歩み出しを繰り返し必要としており、主イエスはそうした私たちに繰り返し触れ粘り強く導いておられるのではないでしょうか。

 併せて開いた旧約の詩人は、出エジプトといういにしえの大いなる御業を仰ぎつつ、自らにも16「成し遂げてくださった」神の20「慈しみ」を感謝し証ししています。このように私たちも主の繰り返しての慈しみと導きにあって、今を得ています。感謝しつつみ旨を求めて与えられた今を歩むこと、それが主に応えゆく道であることを思います。

「なぜパンがないと議論するのか」

マルコによる福音書 8章14~21節
エレミヤ書 5章20~25節

 

 14「パン」は旧約・新約時代を通して、生活を支える主食でした。但し、今日のような小麦のパンはぜいたく品で(王下7:1等)、庶民はフスマ入りであったり大麦・雑穀で作った固いパンを食べていたようです。主イエスが19「五千人に…裂いた」のもヨハネ福音書によれば大麦のパンでした(ヨハネ6:9)。

 さて舟での移動に際し、弟子たちはうっかりしてパンを一つしか持って来なかったのです。彼らはうろたえ、論じ始めました。そうした弟子たちに主イエスは、15「ファリサイ派…とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と口を挟まれたとあります。それは、どんなパンでも良いわけではないぞ、との意だったと思われます。15「パン種」とは焼く際に用いる酵母ですが、これに雑菌が混じると糸をひいたり臭かったりひどいパンになるからです。

 でもその言葉を、弟子たちは自分たちへの叱責だと勘違いしました。彼らはパンがないことにすっかり縛られていたのです。主イエスはむしろそのような弟子たちのあり様をたしなめられました。

 主イエスのもと19「五千人」は19「五つのパン」を、20「四千人」は20「七つのパン」を分かち合い満たされたのです(6:30~、8:1~)。その私が共にいるのに、なぜパンがないと議論するのか、なぜ囚われているのかと嘆息されたのでした。

 エレミヤ5:20~には、根源なる神への信頼を忘れた民の罪が指摘されています。15「ファリサイ派…のパン種」とは自らこそ正しいとする頑なさ、15「ヘロデのパン種」とは力への信仰であり、こうしたものは神の大いなる恵みすら変質させると主イエスは指摘されました。「人はパンだけで生きるのではなく、…主の口から出るすべての言葉によって生きる」(申8:3)と告げられたことを、今日の私たちも心に刻まねばなりません。

「エッファタ - 開け」

マルコによる福音書 7章31~37節

イザヤ書 35章1~10節

 

 34「エッファタ」、これは主イエスが喋っておられたアラム語で34「開け」を意味する言葉です。口語訳聖書では「エパタ」と訳されていました。東京牛込に、エパタ教会があります。日本聾唖学校の歴史から生まれたこの教会は、今“外に向かって開かれた教会”を目指して歩んでおられます。

 ガリラヤ宣教に勤しんでおられた主イエスは、今日の箇所の前段で周辺の異邦世界に足を運んで働かれました。24節~に示唆されていますが、そこではユダヤ人と異邦人の壁を肌で感じられたことでしょう。そして今日の世界も互いの言葉通じず、分断と敵意を重ねるあり様を繰り返しています。ここで32「耳が聞こえず舌の回らない人」になさった主イエスの親しい癒しの業は、今日も求められていることを思います。

 大国に脅かされる情勢の中、主なる神の支配を見失い「見ることなく…聞くことなく…理解することなく」(イザヤ6:10)なった民の中に遣われた預言者イザヤは、主の救いが訪れる時 5「見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開」き、主によってもたらされる喜びと平和の実現を味わうと語りました。

 見るべきものを見、聞くべきことを聞かせてくださいと、祈り求めねばなりません。また、この32「耳が聞こえず舌の回らない人」は周りの32「人々」によって32「連れて来」られたのでした。人を大切にし労する大切な交わりがあったのだと教えられます。私たちもかくありたく願います。