「信頼すべき約束」

ハバクク書 2章1~4節

ローマの信徒への手紙 15章7~13節

 

 讃美歌236“見張りの人よ”の歌詞は、救いの到来を待ち望む歩哨と旅人のやり取りです。同じように預言者ハバククはあたかも 1「歩哨の部署」につくように時代を見つめ、与えられる主の言葉に耳を澄ませたのです。

 B.C.7世紀の末期、その時代には「暴虐と不法」(1:3)が満ち、主もそれを放置されているように見えました。嘆き、繰り返し求めるハバククについに主から与えられたのは、罪のイスラエルを「懲らしめるため」(1:12)「カルデア人」(1:6)すなわち新バビロニア帝国が攻め込んで来るだろうとの恐ろしい幻でした。

 救いはないのかと食い下がるハバククに、主は 3「もうひとつの幻がある」その 2「幻を書き記せ。走りながらでも読めるように」を告げられたのです。それはすべてが正され祝福へと結ばれる 3「終わりの時」が 3「必ず来る」との約束でした。

 キリストは 8「神の真実を現すため」、その 8「約束を確証するため」に来られ、ついにはその喜びが世界を包むと伝道者パウロは語りました。

 2「走りながらでも読めるように」とは、どういうことでしょう。それは現実の山積する課題に右往左往しながらも、主の約束を携え行けということです。難しい時代をも 4「神に従う人は信仰によって生きる」と呼びかけられています。

「まことの光の到来」

ヨハネによる福音書 1章1~5節
イザヤ書 9章1~6節

 

 讃美歌230、p.ニコライ作詞作曲の“起きよと呼ぶ声”は“コラールの王”と称され、J.S.バッハもこの曲を引用してカンタータ第140番をつくっています。ニコライは16世紀後半にルター派を擁護して神学論争を戦わせた神学者・牧師でしたが、その渦中彼が住むドイツ中部ウンナの町をペストが襲ったのです。日に何十人もの葬儀を執り行う中、彼は虚心に開いた聖書そしてアウグスティヌスの『神の国』に慰めを得、“闇夜をつらぬき”(1節)与えられる神からの希望を市民に語ったと言います。

 1「闇の中」 1「死の陰の地」とは、B.C.8世紀に起きたシリア・エフライム戦争の状況を指しています。混乱の時代とは言え、イスラエル北・南王国の同胞同士が戦火を交えるという深い悩み・罪の現実に、希望の 1「光」が与えられると預言者イザヤは語りました。

 イザヤ50:10~11で、人は光を求めつつも手軽な11「自分の火の光に頼」り苦悩を増すであろうと述べられています。今日の世界と生きる者のあり様を指し示されているかのようです。

 まことの光は神から来たり、それは 5「ひとりのみどりご」の誕生において実現するとイザヤは語りました。この約束は700年後、主なる神ご自身の降誕においてもたらされたとヨハネ福音書は証ししました(1:1~5)。

「敵味方の論理」

マルコによる福音書 9章38~41節
イザヤ書 2章2~5節

 

 その宣教の業により主イエスの38「名前」が評判となり広まる中で、その働きに追随して働く者も出てきたのでしょう。がヨハネは38「わたしたち」使徒グループに38「従わないので、やめさせよう」としたのでした。しかし主イエスはその狭量さをたしなめて40「逆らわない者は…味方」なのだと教え、41「一杯の水を飲ませ」る友愛を求められました。

 確かに私たちはすぐに敵味方を区別し、その構造の中に閉じこもろうとする愚かさを抱えています。昔は戦でも名乗りを挙げ合うのが作法でした。が、大量の兵器を戦わせる戦争においては、兵士は道具とされていきます。今日は敵を視認する以前に、敵味方識別装置によって攻撃を加える時代となっています。

 新兵は敵を殺す道具として教育され、洗脳されます。アメリカ海兵隊員としてベトナム戦争に従事したA.ネルソンさんも多くのベトナム人兵士・民間人を“敵”として手にかけてきたといいます。が、“なぜあなたたちは私の国にいて、私たちを殺しているのか”と敵兵から問われたこと、そして戦闘中に飛び込んだ壕の中でベトナム人女性の出産に立ち会ったことが、私たちは敵味方である前に人間なのだと思い起こさせたのでした。除隊後PTSDの苦しみを経て、ネルソンさんは自らの体験から戦争の現実を語る活動を続けられ、日本国憲法第九条を世界に広める働きにも関わられました。

 主イエスは自らを憎む者をも罪から解放するために、十字架へと進まれました。主イエスにとってはすべての人が味方だったのです。私たちを対立そして戦いへと誘う罪の支配をこそ敵とし、警戒する者でありたく願います(エフェソ6:12)。

収穫感謝合同礼拝 「すいかやメロンが忘れられない」

民数記 11章4~9節

 

 5「きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない」、荒野の旅の途中で出エジプトの民は不平を洩らしました。 5「きゅうり」は私たちの知るものとは異なり、すいかのことだと思われます。すいかやメロンは美味しさに加えて、汗をかくと失われやすいカリウムに富み、暑いエジプトでよく食べられていたようです。 5「玉葱やにんにく」も元気が出る食べ物として、ピラミッド建設の時代から好まれていました。

 でもエジプトで民は奴隷だったのです。助けを求めうめき叫ぶ声を主が聞き届けてついに解放し、今約束の地へと導き上ってくださっているのに(出3:7~)、民は美味しいものが食べられるのならば束縛の方がましだとつぶやいたのです。こうした民に、主は20「ついに…鼻から出るようになり、吐き気を催すほどになる」まで肉を食べることができると約束されました。やがてうずらが押し寄せて約束は実現しましたが、その貪欲のために大勢の民は倒れたのでした(31節~)。

 貪欲に陥るとき、人は何かの奴隷となることを自ら求めるのです。これは昔も今も異なりません。そのような世と私たちに、私が憐れみと犠牲をもって解放したのだから「奴隷の軛に二度とつながれてはな」らないと主は呼びかけておられます(ガラテヤ5:1、4:9)。私たちにも与えられた自由の尊さ重さを、心に刻みたく願います。

召天者記念礼拝 「はるかにそれを見て喜びの声をあげ」

ヘブライ人への手紙 11章13~17節
出エジプト記 13章17~22節

 

 19「ヨセフ」はイスラエル人でありながら、エジプトの宰相となった人物です。大飢饉の際イスラエル人をはじめ多くの民を助けるなど良き手腕を発揮し、エジプトの地で亡くなりました。しかし、神がイスラエルの民を顧みられ再び約束の地に導かれるとき19「わたしの骨を…一緒に携えて上るように」と遺言を残し、19「モーセ」と後継のヨシュアはその言葉通りにしたのでした(ヨシュア24:32)。エジプトの地で力を尽くしつつも、そこは13「仮住まい」の地であると考えたのです。

 この思いをさらに展開しヘブライ11章は、信仰者にとって13「地上」の生涯は13「仮住まい」であり、神の御許こそ14「故郷」なのだと語ります。これは13「地上」の歩みを軽視しているのではありません。スポーツの世界で “ホーム” “アウェイ” という言葉が使われます。神の御許そして完成というホームを仰いでこそ、アウェイにあっても13「喜び」つつ全力を発揮できることを指し示しています。この歩みの先頭には主イエスがおられます。主イエスこそアウェイなる地に来られて十字架に至るまでその歩みを全うされ、復活の勝利を得て天へと帰られたからです。

 今日記念している召天者もそして私たちも、地上の生涯において神の完成と平和を13「手に入れ」ることはないでしょうが、主イエスに連なる13「信仰」においてそれを仰ぎ見今を歩みゆくことができる幸いを与えられています(1節)。

宮城北地区の日交換講壇礼拝 「『塩の柱』の涙」

創世記 19章1~29節

 説教  布田 秀治 牧師 (いずみ愛泉教会)

 

 今年4月8日、セクシュアル・マイノリティの方に対する人権侵害・差別事件が起こされました。そこでは “聖書に書かれているから” と述べられます。聖書にどう書かれているのでしょうか。創世記19章は “ソドムの罪” が “同性間の性愛・性交” を意味すると考えられてきました。しかしここはそうではなく、hospitality=接待・歓待の大切さが書かれているのです。鍵になることは18~19章のつながりの中で読むということです。アブラハムの hospitality に対してイサク誕生の予告がなされたように(18:1~3・10)、ここではロトの hospitality に対して一族の命を守る約束が語られているのです(19:1~3・13)。この19章は、同性愛を禁止する内容ではないのです。

 26「ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった」と記されています。ロトの妻は神さまの命令に従わなかった不信仰のゆえに罰を受け、身を滅ぼしてしまったと解釈されてきました。しかしソドムの町には結婚して住んでいる娘たちがいます。その娘たち家族のことが気がかりです。そして、生き延びた自分を責める思いもあります。ロトの妻は後ろを振り返らずにはいられなかったのではないでしょうか。

 セクシュアル・マイノリティの人々に対する差別・排除が “聖書に書いてあるから” と正当化され、繰り返されてきました。そこには「自分と異なる人の生存権を踏みにじるゼノフォビア(外者恐怖症)の傲慢とホスピタリティの欠如」(山口里子)があります。そのために流された、数知れぬほど多くの涙の柱があります。私たちはその涙にこそ、思いを馳せたいと思うのです。

「このような子どもの一人を」

マルコによる福音書 9章30~37節
詩編 131編1~3節

 

 8:31~に続く、主イエスの2回目の受難予告です。しかし弟子たちは32「この言葉が分から」ず、34「誰がいちばん偉いかと議論し合」う有様でした。主イエスに問われて34「黙っていた」というのですから、これがみ旨に沿わないことだと知ってはいたようです。

 そのような中、主イエスは36「一人の子供」を36「彼らの真ん中」に立たせ、37「このような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」と言われたのでした。ユダヤ人社会において子どもが与えられることは祝福のしるしでしたが、自立できない子どもは無価値な存在でした。主イエスはそうした小さな者を36「真ん中」に迎え37「受け入れる」ことを教えられたのです。

 アメリカのエッセイスト、R.フルガムは著書 『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』 で、“人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々送ればいいか、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていた。” と書きました。そうかも知れません。生きるという基本においては、私たちは子どもと変わらないのです。

 その子どものようで小さな私が神の祝福に結ばれるために、主イエスは十字架への道を歩まれました。神の眼差しの前に私たち自身が認められ、受け入れられています。だからあなたがたも互いに受け入れ合いなさい、と主は指し示しておられます。

「信仰のないわたしを」

マルコによる福音書 9章14~29節
創世記 15章5~6節

 

 24「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」、考えてみればこれはおかしな言葉です。この父親はこの息子が21「幼い時から」、あらゆる治療・助けを求めてきたことでしょう。そして主イエスのもとに辿り着きましたが、18「弟子たち」も癒すことができませんでした。父親が口にした22「おできになるなら」との言葉に神への諦めを見た主イエスは、なぜ信じようとしないのか、求めようとしないのかと叱責したのです。そのとき父親は反射的にこう答えたのでした。

 熱心な修道士だったM.ルターは拭い去れない自らの罪と、聖書に繰り返し現れる「神の義」(ローマ1:17等)との言葉との間で苦闘しました。裁き主なる神の前で、私は決して正しくあり得ないと悩んだのです。が、繰り返し聖書に取り組む中で、「神の義」とはそうした罪人を十字架の贖いをもって赦し受けとめてくださる神の恵みのことだとの理解に到達しました。「義」とは関係が正常につながっているということであり、それはただ神の「福音」(ローマ1:17)=喜ばしき訪れとして私たちに与えられるのです。

 24「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」、こう叫んだ父親はこの信仰の原点に立ったのでした。この後主イエスが言われた29「祈りによらなければ」との言葉も、自らの欠けを知り、そのような私とも向き合ってくださる神を求めることです。

 この福音の原点を広く共有すべくM.ルターは1517年10月31日、ヴィッテンベルク城教会の扉に95ヶ条の論題を掲出し、ここから宗教改革が始まりました。この日から500年を数えます。