「人類の父」

マタイによる福音書 7章7~12節
創世記 1章27~28節

 

 当教会初代仮牧師J.H.デフォレスト宣教師が居住されたデフォレスト館(現在、東北学院が所有)が2013年に登録有形文化財、2016年に重要文化財に指定されて詳細な調査・研究がなされ、1887年にアメリカン・ボードによって3軒の宣教師館が建築されていたことなどが新たにわかってきました。南六軒丁の現・デフォレスト館と1967年まであったブラッドショー館、そして片平丁にあったもう一軒です。デフォレスト一家は当初片平丁の宣教師館に住まわれ、1896年頃から現・デフォレスト館に入られたのでした。

 片平丁の宣教師館と確認できる写真はまだ見つかっておらず、多くの謎があります。先般当教会120年史所収の写真を研究者に提供し、同労者であった片桐清治牧師ゆかりの片桐会にも協力を依頼しました。新たな発見があるかもしれません。

 1886年に宮城英学校(後の東華学校)教師として来仙されたJ.H.デフォレスト宣教師は廃校後も仙台に留まり、1911年に召天されるまで東北の地と人を愛し、水沢・金ヶ崎から会津若松まで広く宣教活動を展開されました。

 その著作や講演に現れる特徴は、神は人類共通の父であり、それゆえ世界万民は兄弟姉妹となれるとの信仰でした。ある著作では、12「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」とのいわゆる黄金律と、「隣人にな」る(ルカ10:36)ことが強調されています。27「神は御自分にかたどって人を創造された」との大いなる恵みは、神に応答する使命をも私たちに与えるからです。自由主義神学の時代に生きた同宣教師の思想は人間と歴史への楽観主義に彩られ、批判的機能に乏しかったとの指摘も確かにあります。でも私たちは、神を仰いで喜ばしく歩むことを指し示された同宣教師の働きの系譜を確かに受け継いでいます。

10月のおたより

 収穫の候となりましたが、繰り返しての台風襲来が気にかかるこの秋です。神さまのまもりを祈ります。

 当教会では年に一度、「コイノニア会」という名の集まりをもっています。“コイノニア” とはギリシャ語で、 “交わり・分かち合い” との意味。主にある兄弟姉妹で学びあい、思いを分かち合おうとの会です。

 今年は9月29日、「最後まで私らしく生きるために (1)-社会的支援制度を中心に」とのテーマで開かれました。世界と歴史にどれだけ多くの人がいようとも、主なる神さまは唯一の存在として一人一人を造り、向き合ってくださいます。だから年を重ねる中にも私らしく歩みたい、そのためにどのようにし支えあうかを学び、活発に意見交換しました。

 (1)とあるように、今後もいろいろな角度から「私らしく生きる」ことを考え、求めていこうと計画されています。今後もよき集いとなりますように。

世界聖餐日礼拝 「一つにしてください」

ヨハネによる福音書 17章20~26節
列王記上 8章37~43節

 

 世界聖餐日は世界が戦争へと傾斜していく1940年に、国境の隔てを越えてキリスト者が一つであることを覚えようとアメリカで始められました。「信仰は一つ、洗礼は一つ、すべてのものの父である神は唯一」(エフェソ 4:5)と語られる本来のあり様へと一歩一歩進み行こうとの働きを、エキュメニズム(教会一致運動)といいます。

 今日共にした讃美歌409番はそうした祈りのもとに、プロテスタントの由木康牧師の作詞、カトリック信徒の高田三郎氏の共作として生まれました。

 主イエスは十字架につけられる前の晩、弟子たちを覚えて22「わたしたちが一つであるように、彼らも一つに」してください、と祈られました。加えて20「彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも」と後に続く信仰者が、さらには21「すべての人を一つにしてください」と分断と戦いに苦しむ23「世」が覚えられ祈られています。

 主イエスは十字架において、敵意を、生と死の分断を、人さらには神に捨てられる絶望をすらその身に負われました。取りも直さず、それは私たちが一つになるためであったことを深く刻まねばなりません。

 その歩みは私たちにおいて、一歩一歩のものとならざるを得ないでしょう。先日開かれたエキュメニズムの学習会(主催:仙台キリスト教連合)で、その要点は “共通点を捜すこと” ではなく “違いを認め合うこと” との佐藤司郎牧師(仙台北三番丁教会)の指摘がありました。共生を求めることがその道筋とのこの示唆は、教会においても、私たちの生活の場でも、世界においても重要であることを思います。

「共に座るために」

詩編 133編1~3節
マルコによる福音書 14章32~42節

 

 モーセの兄の 2「アロン」は主によって最初の大祭司に立てられ(出28:1)、その職はその子孫が受け継ぎました。2~3節の描写は、アロンかその子孫が聖別の油を注がれ大祭司とされた祝福の様子です。香油の滴りが、 3「ヘルモン」山から流れ出てやがては 3「シオン」=都エルサレムを潤す 3「露」の恵みに重ねられています。そして 1「兄弟が共に座っている」一見あたりまえのあり様にも、これらに匹敵する主の恵みがあるのだと歌われています。たしかに、カインとアベル、ヤコブとエサウ、ヨセフと兄たち…と、兄弟の愛憎が聖書にも多く描かれています。

 2「かぐわしい油」とは、オリーブ油に香料を混ぜたものだったと思われます。聖別の油は、祭司・王(サム上10:1等)・預言者(王上19:16等)に注がれ、やがてこの三職を一身に担う救い主が現れるとの信仰が生じました。メシア=キリストとは “油注がれた者” という意味です。

 主イエスが十字架につけられるべく捕えられたのが、オリーブの茂る32「ゲツセマネ」だったことは示唆的です。この名は “油絞り” との意味です。また復活の後、昇天されたのもオリーブ山からでした(使徒1:12)。主イエスの十字架は、皆に主の祝福を注ぐためであり、私たちが隔てを乗りこえて 1「共に座」るためであったことを心に刻みたく思います。

「刈り入れの時」

ヨハネによる福音書 4章35~38節
詩編 126編1~6節

 

 5「涙と共に種を蒔く」、この言葉にはいくつかの思いが重ねられていましょう。まず種蒔きとはつらい仕事であること、かつて 1「捕われ人」とされていた先祖たちがバビロンで耐え忍んだこと、そして今の自分たちもまた課題にあって苦闘していることです。でも 5「涙」の種蒔きはやがて 5「喜びの歌」の収穫に至り、労苦は主の約束にあって祝福に導かれると歌われています。

 種は自然と収穫に至ると思うかもしれないが(35節)、そこには主のみ業そして祝福があると主イエスは指し示されました。ユダヤからガリラヤへの途中のサマリアで、思いがけず35「色づいて刈り入れを待っている」実りに出会ったのです。それは一人の女性の直截な神の求めでした(1節~)。

 37「一人が種を蒔き、別の人が刈り入れる」、すなわち誰かの労苦の実りに別の者が与ることもある、と言われています。それは不公平なことなのでしょうか。主イエスの労苦の実りを弟子たちは刈り取り(38節)、弟子たちの労苦の実りを続く信仰者たちは収穫しました。私たちも先人の労苦の実りに与っています。36「こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶ」ことができる、だからあなたがたも次の世代の希望と喜びのため、今耕し種をまき続けなさいと語られています。

「乳と蜜の流れる地」

申命記 26章1~15節
コリントの信徒への手紙 二 9章6~12節

 

 主なる神が出エジプトの民に約束し、導き上らせた 9「乳と蜜の流れる…土地」とはどのようなところだったでしょう。当たり前ですが、乳や蜜が野原に流れているわけではありません。彼らは遊牧民でしたから、羊や山羊を連れていたはずです。荒れ野から肥沃で良い草の多いカナンの地に入ると、乳の出がぐんと良くなったことを経験したのでしょう。これらは生乳として、また凝乳・乳脂・バター・チーズとして生活を支えたと記されています。

 蜜はおそらく蜂蜜のことでしょう(士14:8等)。これを採取するのみならず、養蜂を知っていたらしいこともわかってきました。元々は花の蜜ですが、蜂の唾液によってブドウ糖と果糖とに分解され、さらにローヤルゼリーの成分などが加わり、それが濃縮されて栄養豊かな蜂蜜になります。

 これら 9「乳と蜜」が流れるとの語には、いくつかの示唆が含まれています。まず、荒れ野の厳しさを脱して与えられた豊かさを11「賜物」と受けとめたことです。それゆえ彼らは収穫を感謝し(1節~)、広く分け合いました。(11節~)。牧畜も養蜂も労働を必要とします。それは神の恵みへの応答であり、そこには主の慈しみのまなざしがあると語られています(11:10~)。そしてこの地は 1「嗣業の土地」ですから、次世代に大切に受け継いでゆく責任があります。今日の世界と人間が耳を傾けるべき使信があるように思います。

9月のおたより

 ようやく秋の兆しを感じられるようになった9月です。いかがお過ごしでしょうか。

 この月、教会では信仰のうちに年を重ねてこられた方を覚えての「高齢者祝福」を行います。礼拝の中でお祈りをし、カードを差し上げます。

 どんなカードなのか、この場で皆さんにもお披露目しましょう。

 今年も、ナルド会(婦人会)が手作りしたカードです。これに、教会堂を描いた絵画と、下記の聖句を添えました。

 堅く立って、主があなたたちを救うのを見よ。 主が共にいる。

 歴代誌下 20章17節

 数えてきた日々に主の導きがあったこと、これからの日々にも主が伴われることを心に刻む機会となりますように。

 

「あなたの食卓に」

ルカによる福音書 4章38~41節
コヘレトの言葉 9章7~10節

 

 38「シモン」とは、この直後主イエスの弟子となる「シモン・ペトロ」(5:8)のことです。この箇所から、ペトロは結婚しており家族がいたことがわかります。その彼が「すべてを捨ててイエスに従った」(5:11)ことは、家族にとって大きな不安であったに違いありません。

 がその心配を打ち消すように、福音書は38「シモンのしゅうとめ」の癒しを記すのです。それは熱を去らせたとの言わば小さな癒しでした。でもこうした小さなことにみ手を振るわれ、その後も40「一人一人に手を置いていやされ」る主イエスに、家族らは慈しみを感じ安心を得たのではないでしょうか。

 癒して頂いた38「しゅうとめ」はすぐに起き上がり、一同を39「もてなした」とあります。ここには、主イエスが教えられた“仕える”ことを表すディアコニア(22:26、マルコ10:45等)との語が用いられており、この後の彼女の生き方・姿勢を示唆しているかのようです。またペトロの妻はキリスト者となり、ペトロと共に働いたことがパウロの書簡に記されています(Ⅰコリント9:5)。主イエスが訪れられた38「シモンの家」はこのように祝されたのでした。

 由来がわからないのですが、“Christ is the Head of this House, the Unseen Guest at every Meal,the Silent Listener to every Conversation.” (キリストこそこの家のかしら、日毎の食卓の見えざる客、あらゆる会話の黙せる聴手)とのよく知られた言葉があります。主は私たちの家にもおいでになり、その食卓その日常をも祝し導いてくださることを覚えて日々を歩み行きたく願います。