7月のおたより

 当教会礼拝堂には、東勝山への移転後間もなく、ドイツ・シュッケ社のパイプオルガンが設置されました。仙台の教会の中では、早い設置だったと聞いています。楽器はそれほど大きなものではありませんが、礼拝堂の音響とよくマッチしてたいへんよく響きます。2005年には数週をかけてオーバーホールをし、設置当初の音が蘇りました。

 毎週の礼拝での奏楽・賛美でいつも馴染んでいる音色ながら、間近でオルガンに接する機会は教会員でもそうありません。そんなわけで6月23日の礼拝前、「オルガン室探訪」が企画されました。2階ファザード内部に入り、オルガンを見上げ、音色に親しみ、オルガニストからその仕組みと奏法について説明を受けました。一同、熱心な視線が集まりました。

 また、こうした機会をもってみたいですね。その際はどうぞご参加を。

「財産を分けてやった」

ルカによる福音書 15章11~24節
創世記 3章1~11節

 

 先々週、神の国での宴会の譬え(14:15~)は神の熱情を示しており、それは今日共にした放蕩息子の話をはじめこの章にある譬えでさらに具体的に説かれていると言いました。

 息子が言った12「財産の分け前」とは、父の死後の相続分という意味です。なんと厚かましい要求にも拘らず、12「父親は…財産を分けてやった」のでした。またこの息子が身を持ち崩して帰って来たとき、その窮状をわが身のことのように感じ両手を広げて迎え入れました。この父親は甘すぎるのではないか、あるいはそう思われるかもしれません。

 手にした多大の12「財産」の中で最も大いなるものは “自由” であったことを、息子は帰還後に噛みしめたでしょう。19「雇い人の一人にしてください」と求められながらも、変わることなく自由な24「息子」としてこの父親は迎え入れたのです。

 創世記の堕罪物語で人が禁断の木の実に手を伸ばしたとき、神は何をしていたのでしょう。こうなるかもしれないと知りつつも、押しとどめようとはされなかった、それは自由こそ奪われてはならない尊い12「財産」だったからです。

 人は自由の濫用によって楽園を追われ、その子たちは殺人に走りました(創4章)。譬え話の息子は身を持ち崩しました。「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。」(ガラテヤ5:13)との言葉の重さを私たちは知らねばなりません。あなたに託された自由を奪われてはならない、命の源なる私の許に帰ってくるまでその自由をとり用い喜ばしく進み行きなさいと主は呼びかけておられます。

「新しいもの古いものを取り出す」

マタイによる福音書 13章51~52節
イザヤ書 44章1~8節

 

 51「あなたがた」とは、51「弟子たち」のことです。彼らはもと漁師や徴税人で学のある者はいませんでしたが、主イエスはそうした彼らを52「学者」になぞらえられました。主イエスは52「天の国」の譬え話(13:1~)を通して日常の中にも備えられた福音・神の祝福を指し示され、これを見い出す者はたとえ庶民であっても大切なことを見極め得る52「学者」に等しいと言われたのです。

 そうした者は、的確に52「新しいものと古いものを取り出す」のだと告げられています。これはどういう意味でしょう。様々に考えられますが、私たちが接する日常と主なる神に属する永遠とが指し示されている、と受け取りたく思います。これは、あなたは日々の中で52「天の国」の喜びに与り得る、との譬え話のメッセージとも合致します。私たちは限られた時に生きる小さな者ですが、主イエスがもたらされた福音にあって神の永遠に連なり、その光の中で今を生き歩み得るのです。

 併せ開いたイザヤ44:1~は、バビロン捕囚からの解放の預言の一節です。 6「初めであり、終わりである」主なる神に聞く者は、困難の中にも力と方向を与えられて今を歩み得ると告げられています。伝道者パウロは、神の永遠の光に照らされるとき、あなたたちは今この時を真に理解し歩み行く方向を知るのだと語りました(ローマ13:11~)。

 課題と悩み多い時代ですが、この時にも投げかけられている主の光を仰ぎ、私たちの今を見分け日々を大切に歩み行きたく願います。

「この家をいっぱいにしてくれ」

ルカによる福音書 14章15~24節
イザヤ書 31章1~3節

 

 ある宴席で(1・7節)感極まったのでしょうか、ある人が言いました。15「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」。そこで主イエスは、神の国での宴会とのこの譬え話を語られたのでした。

 当時の正式の招待は、まず招待状を送り、出席の返事があった人を当日使者を立てて迎えに行くという手順でなされました。ですから、これら17「招いておいた人々」とは出席すると返事をしていた人々です。ところが当日になって、18「畑を買った」19「牛を…買った」20「妻を迎えたばかり」といずれも招待を断ったのです。

 主人は怒りましたが、宴会を中止にしようとはしませんでした。予定外の人々を迎え入れ、23「無理にでも…連れてきて、この家をいっぱいにしてくれ」と願ったというのです。これは、私たちを求め何としても神の国の祝福に与らせたいとの神の熱情を示しています。続く15章では、一匹の羊を捜し回る譬、無くした銀貨を捜す譬、放蕩息子を迎え入れる譬を通して、この神の熱情が指し示されています。

 この神の熱い思いと求めに比して私たちはあまりに冷め、目先のことに囚われていないかと主イエスは問うておられます(イザヤ31:1~)。また神が弱く傷ついた人々を求めるように、そうした小さい者の一人に向き合う者を神は喜ばれると主イエスは語られました(マタイ25:31~)。神に向き合うことと人に向き合うことはつながっている、と教えられます。

「大きな淵」

ルカによる福音書 16章19~26節
創世記 11章1~9節

 

 今日の譬に登場する20「ラザロ」の名前は、“神は助け”という意味です。彼は毎日20「門前」で助けを求めていました。21「犬」はやって来て彼を慰めたようですが、その家の19「金持ち」は食べ物も治療も提供することなく無視を決め込んでいました。その必要もないということなのか、19「金持ち」については名前も告げられていません。

 やがて二人は地上の生涯を終え、20「ラザロ」は神の国の(13:28)アブラハムの許に、19「金持ち」は陰府に置かれたのだといいます。人と神の判断は異なるということです(6:20~)。思わず19「金持ち」はアブラハムに助けを求めますが、26「間には大きな淵があって」行き来できないと告げられたのでした。

 この26「大きな淵」とは、無視・無関心という形で今も人を世界を隔てる断絶を思わせます。今日併せ開いたバベルの塔の物語は、他者の上に立ち神に成り代わろうとの罪は交わりを分断し結局は疎外をもたらすことを告げています(創11:1~)。

 最後で31「死者の中から生き返る者」があれば、と示唆されています。主イエスはその十字架と復活によって人間の築いた罪の隔て、26「大きな淵」を打ち砕かれました。人の愚かさ・罪・隔てを主は砕かれる、この希望を仰ぎ、主の指し示しに歩むものとされたく願います。

6月のおたより

 6月15日(土)、今年の「東華学校遺址碑碑前祭」が行われました。今から132年前の1887年6月17日、東華学校開校式が新島襄校長・八重さん出席のもと執り行われたことを記念しての行事です(学校自体は「宮城英学校」として前年創立)。当教会は同じ年に、この学校の教職員・生徒を中心に創立されました。

 時代の荒波にあって学校は5年で廃校となり、1932年に同窓生が学校跡に「遺址碑」を建立しました。碑はその後2002年に、連坊小路に移されました。

 碑は漢文で書かれているので、読みにくいかと思います。読み下し文を頂いたので、掲げておきます。どうぞ味わってみてください。

 


SEEK TRUTH AND DO GOOD

「実徳を修め虚栄を求むること勿れ」

 人材を育て風教を補するには必ず黌堂(こうどう)を待つ有り。是東華学校の設(せつ)有る所以なり。

 明治十九年、富田鐡之助、松倉恂、此に見(まみ)ゆる有り。宮城県知事松平正直、書記官和達妥嘉(たかよし)及び遠藤敬止、大童(おおわら)信太夫等と胥謀(あいはか)り、地を相(み)て黌を建つ。名づけて曰く「東華学校」と。新島襄先生を推して校長と為し、市原盛宏(せいこう)を副校長と為す。

 米国博士的法烈斯徳(デフォレスト)等を聘きて之が教師と為す。二目を掲げて曰く「敬天愛人」、曰く「独立自助」と。斯の黌に入る者、無慮(むりょ)五百有余名。学風頗(すこぶ)る興り、人材輩出し、名を天下に成す者尠(すく)なからず。明治二十五年、宮城県の中学校を興すに逮(およ)び、本校遂に廃せられ、今既に四十年を閲(けみ)す。其の遺跡も亦将に隠滅せんとす。同窓の士、深く之を惜しみ、碑を建てて予の文を得、以て経営の始めを記さんと欲す。仍(よ)りて之に銘を係(かか)げて曰く、 東華に学を開き 文を尚(たっと)び士を起こす 詞(し)を石に饞(うが)ち 言に其の始めを誌す。

   昭和七年十月

徳富蘇峰 撰

高橋天華 書

子どもの日・花の日合同礼拝 「たとい、そうでなくとも」

ダニエル書 3章1~18節

 

 12「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴ」、ずいぶん変わった名前ですが、これは彼らを捕囚とした新バビロニア帝国が自国風に改名させたものです(1:6)。名前は奪われた彼らでしたが、真実なる神のみに仕える信仰を携えて歩みました。

 三人はネブカドネツァル王の建てた金の像を拝むことを拒否し、燃え盛る炉に投げ込まれました。が神に守られた三人は火の中を自由に歩き回ってなんの害も受けず、王は真の神の権威を認めざるを得ませんでした(19~30節)。

 でも、いつもこのように窮地を脱することができるでしょうか。三人は18「そうでなくとも」、すなわち願いどおりにならなくとも、主のみに従いますと言明しました。ヘブライ11:32~は彼ら三人をはじめ信仰の勝利を証しした者も信仰のゆえに苦しみ犠牲を払った者も、共に神に認められた信仰の証人であり、ついには大いなる祝福にあずかるのだと語っています。

 いついかなる時にも真実をもって私たちに向き合ってくださる主なる神が、順境のときも逆境のときも私たちの支えであり力です。

東華学校碑前祭

 当教会は、今から131年前、仙台にあったキリスト教主義学校「東華学校」の教職員によって創立されました。校長は新島襄であり、事実上同志社の分校のような学校でした。時代の荒波の中、残念なことにこの学校は5年間で廃校となりました。今も仙台市中心部連坊小路に立つ遺址碑が、その歴史を伝えています。

 来る6月15日(土)、同志社校友会宮城県支部がその前で、「碑前祭」を行います。当教会も協賛に加わっており、どなたも自由に参加できます。ご興味のある方は、どうぞおでかけください。

  <東華学校遺址碑碑前祭> 

     6月15日(土)13:00~  連坊小路 JT仙台支店前

ペンテコステ礼拝 「再び来たり給うを待ち望む」

使徒言行録 1章6~11節
創世記 28章10~17節

 

 1935年に創刊され、現在40カ国語に翻訳されている “アパ・ルーム(The Upper Room)” という祈りの手引書があります。このタイトルは弟子たちが集まって祈りを合わせた13「上の部屋」のことです。ここは最後の晩餐がもたれた「二階の広間」(ルカ22:12)なのかもしれませんし、聖霊降臨(2:1~)もこの場所で起こったのでしょう。

 この使徒言行録冒頭では、 9「天」と 8「地」が意識的に描かれているように思います。弟子たちは主イエスが帰られすべ治め給う 9「天」に思いを向け、その指し示しを求めました。そしてその彼らに 9「天」から聖霊の大きな力が降り注いだのです。同様に私たちも 9「天」からみ旨を受けとる13「上の部屋」を持たねばなりません。それはまず、毎主日共に集う礼拝です。

 と共に、天を見つめる弟子たちは11「なぜ天を見上げて立っているのか」と指し示されたのです。私たちは命を分け与えられ派遣された 8「地」上の日々に、熱心に向かい行かねばなりません。そこには多くの課題もありますが、主イエスの足跡によって 8「地」は 9「天」としっかり結びあわされています。

 ヤコブが天の眼差しに気づかされ、畏れつつ力与えられて旅をつづけたように(創28:10~)、主のみ旨と励ましを求めつつ、与えられた日々に向かい行きましょう。

「畑に宝が隠されている」

マタイによる福音書 13章44~46節
申命記 32章7~12節

 

 アメリカのエッセイスト、R.フルガムは著書 『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』 で、“人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々送ればいいか、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていた。” と書きました。

 先週の東北教区総会で、61年の歴史を数えてきた鏡石伝道所の廃止が決定され、厳粛な思いにさせられました。が今年その跡地には認定子ども園の新園舎が完成し、子どもたちの讃美歌が響いています。子どもたちが園の生活の中から大切な44「宝」を掘り出し成長を遂げるならば、伝道所の歴史は決して無にはならないでしょう。

 44「畑に…隠され」た44「宝」とは私たちも歩む日常の中にも見いだし得る福音、神の祝福を意味しており、それを見いだすことは大きな喜びであり価値であることが告げられています。

 でも本当は、福音において見いだされているのは私たち自身なのです。10「主は…彼を見いだし、…これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた」と告げられている通りです。小さく破れある私が大いなる方に見い出され宝とされている(申7:6~)、このことこそ驚きであり喜びであり大いなる価値であると告げられています。