「大きな淵」

ルカによる福音書 16章19~26節
創世記 11章1~9節

 

 今日の譬に登場する20「ラザロ」の名前は、“神は助け”という意味です。彼は毎日20「門前」で助けを求めていました。21「犬」はやって来て彼を慰めたようですが、その家の19「金持ち」は食べ物も治療も提供することなく無視を決め込んでいました。その必要もないということなのか、19「金持ち」については名前も告げられていません。

 やがて二人は地上の生涯を終え、20「ラザロ」は神の国の(13:28)アブラハムの許に、19「金持ち」は陰府に置かれたのだといいます。人と神の判断は異なるということです(6:20~)。思わず19「金持ち」はアブラハムに助けを求めますが、26「間には大きな淵があって」行き来できないと告げられたのでした。

 この26「大きな淵」とは、無視・無関心という形で今も人を世界を隔てる断絶を思わせます。今日併せ開いたバベルの塔の物語は、他者の上に立ち神に成り代わろうとの罪は交わりを分断し結局は疎外をもたらすことを告げています(創11:1~)。

 最後で31「死者の中から生き返る者」があれば、と示唆されています。主イエスはその十字架と復活によって人間の築いた罪の隔て、26「大きな淵」を打ち砕かれました。人の愚かさ・罪・隔てを主は砕かれる、この希望を仰ぎ、主の指し示しに歩むものとされたく願います。

6月のおたより

 6月15日(土)、今年の「東華学校遺址碑碑前祭」が行われました。今から132年前の1887年6月17日、東華学校開校式が新島襄校長・八重さん出席のもと執り行われたことを記念しての行事です(学校自体は「宮城英学校」として前年創立)。当教会は同じ年に、この学校の教職員・生徒を中心に創立されました。

 時代の荒波にあって学校は5年で廃校となり、1932年に同窓生が学校跡に「遺址碑」を建立しました。碑はその後2002年に、連坊小路に移されました。

 碑は漢文で書かれているので、読みにくいかと思います。読み下し文を頂いたので、掲げておきます。どうぞ味わってみてください。

 


SEEK TRUTH AND DO GOOD

「実徳を修め虚栄を求むること勿れ」

 人材を育て風教を補するには必ず黌堂(こうどう)を待つ有り。是東華学校の設(せつ)有る所以なり。

 明治十九年、富田鐡之助、松倉恂、此に見(まみ)ゆる有り。宮城県知事松平正直、書記官和達妥嘉(たかよし)及び遠藤敬止、大童(おおわら)信太夫等と胥謀(あいはか)り、地を相(み)て黌を建つ。名づけて曰く「東華学校」と。新島襄先生を推して校長と為し、市原盛宏(せいこう)を副校長と為す。

 米国博士的法烈斯徳(デフォレスト)等を聘きて之が教師と為す。二目を掲げて曰く「敬天愛人」、曰く「独立自助」と。斯の黌に入る者、無慮(むりょ)五百有余名。学風頗(すこぶ)る興り、人材輩出し、名を天下に成す者尠(すく)なからず。明治二十五年、宮城県の中学校を興すに逮(およ)び、本校遂に廃せられ、今既に四十年を閲(けみ)す。其の遺跡も亦将に隠滅せんとす。同窓の士、深く之を惜しみ、碑を建てて予の文を得、以て経営の始めを記さんと欲す。仍(よ)りて之に銘を係(かか)げて曰く、 東華に学を開き 文を尚(たっと)び士を起こす 詞(し)を石に饞(うが)ち 言に其の始めを誌す。

   昭和七年十月

徳富蘇峰 撰

高橋天華 書

子どもの日・花の日合同礼拝 「たとい、そうでなくとも」

ダニエル書 3章1~18節

 

 12「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴ」、ずいぶん変わった名前ですが、これは彼らを捕囚とした新バビロニア帝国が自国風に改名させたものです(1:6)。名前は奪われた彼らでしたが、真実なる神のみに仕える信仰を携えて歩みました。

 三人はネブカドネツァル王の建てた金の像を拝むことを拒否し、燃え盛る炉に投げ込まれました。が神に守られた三人は火の中を自由に歩き回ってなんの害も受けず、王は真の神の権威を認めざるを得ませんでした(19~30節)。

 でも、いつもこのように窮地を脱することができるでしょうか。三人は18「そうでなくとも」、すなわち願いどおりにならなくとも、主のみに従いますと言明しました。ヘブライ11:32~は彼ら三人をはじめ信仰の勝利を証しした者も信仰のゆえに苦しみ犠牲を払った者も、共に神に認められた信仰の証人であり、ついには大いなる祝福にあずかるのだと語っています。

 いついかなる時にも真実をもって私たちに向き合ってくださる主なる神が、順境のときも逆境のときも私たちの支えであり力です。

東華学校碑前祭

 当教会は、今から131年前、仙台にあったキリスト教主義学校「東華学校」の教職員によって創立されました。校長は新島襄であり、事実上同志社の分校のような学校でした。時代の荒波の中、残念なことにこの学校は5年間で廃校となりました。今も仙台市中心部連坊小路に立つ遺址碑が、その歴史を伝えています。

 来る6月15日(土)、同志社校友会宮城県支部がその前で、「碑前祭」を行います。当教会も協賛に加わっており、どなたも自由に参加できます。ご興味のある方は、どうぞおでかけください。

  <東華学校遺址碑碑前祭> 

     6月15日(土)13:00~  連坊小路 JT仙台支店前

ペンテコステ礼拝 「再び来たり給うを待ち望む」

使徒言行録 1章6~11節
創世記 28章10~17節

 

 1935年に創刊され、現在40カ国語に翻訳されている “アパ・ルーム(The Upper Room)” という祈りの手引書があります。このタイトルは弟子たちが集まって祈りを合わせた13「上の部屋」のことです。ここは最後の晩餐がもたれた「二階の広間」(ルカ22:12)なのかもしれませんし、聖霊降臨(2:1~)もこの場所で起こったのでしょう。

 この使徒言行録冒頭では、 9「天」と 8「地」が意識的に描かれているように思います。弟子たちは主イエスが帰られすべ治め給う 9「天」に思いを向け、その指し示しを求めました。そしてその彼らに 9「天」から聖霊の大きな力が降り注いだのです。同様に私たちも 9「天」からみ旨を受けとる13「上の部屋」を持たねばなりません。それはまず、毎主日共に集う礼拝です。

 と共に、天を見つめる弟子たちは11「なぜ天を見上げて立っているのか」と指し示されたのです。私たちは命を分け与えられ派遣された 8「地」上の日々に、熱心に向かい行かねばなりません。そこには多くの課題もありますが、主イエスの足跡によって 8「地」は 9「天」としっかり結びあわされています。

 ヤコブが天の眼差しに気づかされ、畏れつつ力与えられて旅をつづけたように(創28:10~)、主のみ旨と励ましを求めつつ、与えられた日々に向かい行きましょう。

「畑に宝が隠されている」

マタイによる福音書 13章44~46節
申命記 32章7~12節

 

 アメリカのエッセイスト、R.フルガムは著書 『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』 で、“人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々送ればいいか、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていた。” と書きました。

 先週の東北教区総会で、61年の歴史を数えてきた鏡石伝道所の廃止が決定され、厳粛な思いにさせられました。が今年その跡地には認定子ども園の新園舎が完成し、子どもたちの讃美歌が響いています。子どもたちが園の生活の中から大切な44「宝」を掘り出し成長を遂げるならば、伝道所の歴史は決して無にはならないでしょう。

 44「畑に…隠され」た44「宝」とは私たちも歩む日常の中にも見いだし得る福音、神の祝福を意味しており、それを見いだすことは大きな喜びであり価値であることが告げられています。

 でも本当は、福音において見いだされているのは私たち自身なのです。10「主は…彼を見いだし、…これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた」と告げられている通りです。小さく破れある私が大いなる方に見い出され宝とされている(申7:6~)、このことこそ驚きであり喜びであり大いなる価値であると告げられています。

「もう管理を任せておくわけにはいかない」

ルカによる福音書 16章1~8節
コヘレトの言葉 8章9節

 

 1「もう管理をまかせておくわけにはいかない」と怠慢を咎められ、知恵を巡らし 5「主人に借りのある者」の債務を勝手に減じた管理人。しかも棒引きにした油50バトス(6節)とは1800 ℓ、小麦20コロス(7節)とは720 ℓという膨大な量です。  8「主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた」とは一体どういうことなのでしょう。

 1「主人」とは大地主であり、 1「管理人」は主人と小作人の間に立って財産管理をしていた者です。旧約の律法には、同胞また貧しい者からは利息をとってはならないとの規定がありました(出22:24、申23:20等)。ですが実際には利息が科せられ、膨らんだ債務に苦しむ小作人が多かったようです。立場が危うくなった管理人は心を入れ替え、小作人のためまたひいては主人のためになるよう仕事に打ち込んだというのです。

 人間は神が造られた世界の管理責任を帯びている、と聖書は語ります(創1:28、9:1~)。が、命を損ない、地球環境すら脅かしている人間はその責任を果たし得ているのでしょうか(コヘレト8:9)。 1「もう管理をまかせておくわけにはいかない」と告げられているのは、今日の世界そして私たちかもしれません。そうだとすると、何を為しどの道に進むことが命をまもりみ旨に沿うこととなるのか、今こそ私たちは熱心に求め取り組まねばならない、と主イエスの語られた譬は告げていることになります。

5月のおたより

 おいしそうでしょう。これ、何だと思いますか?。去る14日(火)、「虹の集い」の食事会が開かれました。その際のお弁当のメニューです。地場野菜ふんだんなお料理をみんなで美味しく頂きました。

 「虹の集い」は高齢者と一人暮らしの方の会で、年に2回くらい開かれています。お手伝いの方を含めて22名が参加されました。

 また礼拝堂で共々に礼拝をまもり、なつかしい唱歌に声を合わせ、それそれの愛唱聖句を当てるゲームなどを楽しみました。次回は10月とのこと、お楽しみに。

「油の用意を」

マタイによる福音書 25章1~13節
列王記上 17章8~16節

 

 今日開いた箇所の最後に13「だから、目を覚ましていなさい」と告げられていますが、譬に現れる 1「十人のおとめ」たちは 5「皆…眠り込んで」しまっています。この背景には、いつ主イエスが再臨されるか13「その日、その時を知らない」信仰者はどのように備えるべきか、との問題意識がありましょう。私たちは始終緊張して待つことはできません。居眠りは許容されています。

 当時の10「婚宴」は夜も含め、数日続いたようです。ですから欠かすことができないのは闇を照らす 1「ともし火」でした。発せられる光は不安を打ち消し、希望を指し示してくれます。 1「十人のおとめ」とも 1「ともし火」は用意していました。が、 3「油の用意」の有無が明暗を分けたのでした。

 1「ともし火」とは、歩み行く道を照らし出すみ言葉を指していましょう(詩119:105)。信仰者はみ言葉に励まされ導かれ進み行きます。では 3「油の用意」とは何でしょうか。

 Ⅰヨハネ2:27は「あなたがたの内には、御子から注がれた油があります…。この油が万事について教えます。…だから…御子の内にとどまりなさい。」と、油とは聖霊のことだと示唆しています。

 預言者エリヤ、やもめと一人息子は危機的な状況下、不思議に尽きることのない16「壺の粉…瓶の油」によって養われました。 1「ともし火」も 3「油の用意」を欠いては、やがて消えてしまいます。私たちは自力で油を補給することはできません。それをなし得る方との日々の交わりにあって、闇を照らし、道を進み行くことができるのです。