●米寿を迎えて / 石川きし

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 いつの間にかすっかり年寄りになって、会うひと毎に「石川さん、おいくつになったの」「わたしですか、88歳」。「お元気でほんとにいいですね」。おまけに「私はそんなに長く生きられるかしら」などと言われると、果たして長生きしていいのか、年寄りが多くなって国も困るだろうなあ、と返事にとまどうこともあります。でも神様のお決めになること。お任せしましょう。

 振り返ってみればこれまで一体何をしてきたのか。なりふりかまわず、バタバタと働き続けひたすら店と子供の事に追われやっと子供達を一人前に育て上げ、やれやれと思ったらもう米寿。足下に気をつけて、転ばぬようにと子供達に言った言葉が今は私が聞かされる番になりました。店の事で主人とよく口論をしたものです。子供達には気の強い母親の印象しか残っていないらしいです。

 石川さんのお母さんの声がいいね、と言われたと一寸いい気になっていたら、朝子供達を大声で叱っている声が神明通り(会津若松市中心部の商店街)中に聞こえていたらしく、他にも若かりし頃の恥ずかしい思い出が沢山あります。

 特別な健康法をやっているわけでも、また食べ物も若いものと同じで、歩くことも嫌いで一日中部屋の中にもくもくしているだけです。私の部屋はテーブルの上に電話、ラジオ、聖書、讃美歌、血圧計。立たなくともいいように並べてあります。隣はいつでも横になれるベッド。お掃除は気の向いた時そっとなでるだけ。

 それでも文句を言う人は誰もない。たまには1〜2時間平気で電話をかけてよこす友だちがいたり、私の愚痴を黙って聞いてくれる友だちも居て「ストレス」などたまらないのか、老年の為に感じないのか幸せです。

 眠れない夜が時々あります。その時は、主の祈り、平和の祈り、信仰告白を口ずさんでいます。何時の日まで生かされるのか、その日が来るまでお与え頂いた尊い命、召される時まで地の塩のように、そしてともしびの如くに明るく暮らしていきたいとお祈りいたしております。

 私のすきな讃美歌「夕陽はかくれて」(讃美歌359番)。声が出ないので口の中でうなっています。

 夕日はかくれて 道なお遠し
行く末いかにと 思いぞ煩らう

わが主よ 今宵も側方にまして
淋しきこの身を はぐくみ給え

したしき友みな 先立ちゆきて
小暗きうき世に 我のみ残る

いのちの夕影の 移ろいゆけば
いこいの宿りも近くやあるらん

み旨によりつつ 眠らせたまえ
常世のひかりに目覚むる日まで

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