| ●他者との関係の間に(大学礼拝メッセージ) / 片岡平和 |
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. まず初めに、今日のチャペルアワーでメッセージをさせて頂く機会を与えられ、感謝いたします。5月頃に宗務部のポール先生から、秋学期のチャペルアワーでお話しをしてくれませんか?とお願いをされました。大学1年生の時に学生リトリートin沖縄という企画に参加したその時からお世話になっています。同じ年の3月に参加したタイワークキャンプの時も楽しく、また有意義な経験をすることが出来ました。タイワークキャンプの報告を兼ねて、チャペルアワーでお話しをさせて頂いたので、今回は2回目のチャペルアワーでのメッセージになります。今日は私の大学生活における様々な活動を通して、出会った人とのつながりと自分の生き方について考えさせられたことをお話ししたいと思います。 私が大学生活で関わっている活動は大きく分けて2つあります。沖縄の基地問題についての活動と部落解放についての活動です。まずは沖縄の基地問題について関わる活動を通して、学んだことをお話ししたいと思います。大学生活で最初に沖縄へ行ったのは2004年11月、私が大学1年生の時に参加した宗務部の学生リトリートin沖縄がきっかけでした。この企画の目的は第二次世界大戦における沖縄戦の歴史と現在に続く沖縄の基地問題について学ぶことでした。高校2年生の時に韓国と日本の戦争の歴史を学ぶスタディツアーに参加して以来、私はアジア諸国に膨大な被害をもたらした加害者としての日本の歴史と現在も続く戦争責任の問題について、関心を持っていました。そして沖縄へ行き、日本の戦争の歴史について新たな認識を得ました。それは日本が他国との関係においてのみ加害者であるのではなく、日本という一国家内にも沖縄へ加害を与えたことです。第二次世界大戦において国体護持のために日本本土の捨て石とされた沖縄戦の歴史や現在ある沖縄の米軍基地は日本軍が沖縄の人々の土地を取り上げて作ったものであること、そして敗戦後の日本は沖縄を見捨て日米安全保障条約により沖縄に基地を今も押しつけていることを学び、軍事力で人々の平和は護られないということに気づきました。 大学生活の最初の年に参加することが出来た学生リトリートin沖縄は私にとって、大変有意義な企画でした。それはプログラムが進むに連れて次第に「勉強のために来ている」という自分の立場について考えさせられるようになったからです。プログラムの中で、沖縄の辺野古というところへ行きました。今、世界で最も危険だと言われる普天間基地の「移設」という名目で、辺野古にアジア最大の新たな米軍基地が作られようとしています。そこで基地建設に反対し、非暴力の阻止行動をしている人たちと出会いました。私は沖縄の基地問題を勉強するという目的のために沖縄へ行きましたが、そこで勉強した問題や出会った人との関係を東京に帰ってきた後に、どこか自分とは関係のないところに存在するモノとして留めておきたくはなかったのです。始めに敢えて、「沖縄の基地問題」という大雑把な表現をしましたが、果たしてその「問題」というものはどこにあるものなのでしょうか、なにがその「問題」を引き起こしている原因なのでしょうか。そのような問いかけを自分に対して批判的に繰り返す作業を活動の中からしています。基地問題について学んだことを通して、自分の生き方を考え、問題から自分の人生における課題へと変えていくために勉強を重ね、大学1年生の時から半年に一度くらいのペースで沖縄へ行っています。今日も18時から中央大学学生YMCAのメンバーに呼ばれ、自分の経験を通して現在の基地問題についてお話しをさせて頂く予定です。このように同じ問題意識を共有する学生や仲間とつながりを持ち続け、新しい動きを展開しようとしています。 次に、部落解放についての活動を通して、学んだことをお話ししたいと思います。皆さんの中には部落解放という言葉に馴染みがない方もいらっしゃるかも知れません。部落解放という時の部落とは被差別部落のことを指します。被差別部落の起源については諸説ありますが、最も有名なモノは近代起源説でしょう。「士農工商・エタヒニン」という江戸時代の階級政策により生み出され、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」の精神によって差別されたという小中学校で習ったような記憶のある説です。しかし、そうではなく、すでに平安時代のような中世からあったのではないか?という中世起源説が現在有力なのです。文献を読んでみますと、エタと呼ばれるよりも以前に河原者と呼ばれ、河辺に住み、死んだ牛や馬の処理をする義務を課せられた人たちが存在していたということが載っています。一方のヒニンと呼ばれた人々はハンセン病患者の介護をする人たちのことです。私が今、お話しことは穢多・非人と呼ばれた人々が課せられた職業の一部でしかありません。他にも文献には「穢多非人等の類の者」というように私が今、申し上げた以外にも多様な職業に就き、差別されていた人たちがいます。被差別部落とは、そのような差別されていた人たちの住む共同体のことです。これらの職業に就く人々は穢れているとして社会から排除され、差別されました。 そして、今も部落差別はあります。昔の被差別部落であった地域で生まれ育った人が部落出身者としてレッテルを貼られ、日々の生活の中で、また就職や結婚の時に差別されます。部落差別は昔から引き継がれて残っているのではなく、新たに作り出され、今もなおそのレッテルによって苦しめられているのです。当時の宗教観が穢れの意識を育てさせたことにより、部落差別は助長されました。それでは、今も続く部落差別に今の宗教は無関係でしょうか。キリスト教は、教会は、キリスト者はどのように社会にある差別や己の中にある差別性と向き合い、克服していくべきなのでしょうか。部落解放とは今ある差別的な状況を学び、部落差別に囚われる人間を解放するものです。部落出身である/なしを越えた様々な差別というモノに囚われている人間の弱さを認めることが部落解放の一歩です。差別は「差別者/被差別者」という二項対立の枠組みの中だけで人間を分け隔て、差別者を責めることだけでは解決しません。差別的な社会から自分自身に植え付けられている差別的な価値観を取り除いていく姿勢が重要であり、それは他者との対話や関係を築くことによってまた新たに気づかされるのです。大学1年生の夏から、毎年私が関わっている部落解放青年ゼミナールの活動では聖書の学びを共にします。イエスの生き方を学ぶ時、自分の中にある弱さも含めて大切にされている存在であるが故に、その信頼の上に立ち、自分に対する限りない批判が赦されることを知ります。そして、社会において小さくされた者・弱くされた者と出会い、共に歩もうとする中でイエスも今も共にいる信頼を知ります。私の信仰の原点として部落解放の課題を今も大切にしています。 チャペルアワーのテーマはマタイによる福音書7章7節だと、ポール先生から教えて頂きました。マタイによる福音書7章7節には「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。…」というイエスの言葉が書かれています。私は今日のお話しを通して、後の聖書箇所にも注目して頂きたいと思います。マタイによる福音書7章12節です。「…だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」ここには人間の好意による自発的な行いが人間同士の関係を支えるということについて書いてあります。そして、「これこそ律法と預言者である」とイエスはまとめ、この言葉が「律法」や「預言者」の根幹にある思想であることを言っています。この箇所とは逆のアプローチで有名な言葉が孔子の「己の欲せざるところ、人に施すなかれ」というものです。イエスは「人からして欲しいことはしなさい」と肯定的に言いますが、孔子は「人からして欲しくないことはするな」と否定的に言っています。孔子の論理で極端なことを言えば、「他者との関係は絶っても良い」ということに結びつきかねませんが、イエスの論理では「相手が嫌いな人であっても、関係を切らず、その人と関わりなさい」という、より厳しい言葉になります。この言葉はやはりイエスがいかなる時も他者との関係性に重きをおいたというイエスの生き方を振り返る時、真に迫る言葉です。 34節 ファリサイ派の人々は、イエスがサドカイ派の人々を言い込められたと聞いて、一緒に集まった。 この箇所から、愛を持って神と他者とに接することが重要であるとイエスは教えています。しかし、愛を持ってと言っても、愛という言葉自体が漠然としすぎていて、理解しにくいものです。8月の終わりに、私は学生YMCAの夏期ゼミナールに参加しました。講師として、新共同訳聖書の翻訳にも携わる本田哲郎司祭から「愛する」ということについてお話しをして頂きました。「愛する」という単語はエロス・フィリア・アガペーという単語に区別しないと、理解しづらいと本田さんは仰いました。エロスとは家族・恋人に対する愛情であり、種の保存・性行為を含めた愛のことです。私たちが愛という言葉を口にするとき、真っ先にこれをイメージするのではないでしょうか。一方のフィリアとは友人・仲間に対する好感/友情のことであり、その人を好き・嫌い、性格的に合う・合わないということはあってもいい感情のことです。しかし、アガペーとは全ての人に対して、相手が誰であれその人として大切に思う気持ちのことであると本田さんは仰いました。神の愛というのはこのアガペーのことであり、本田さんは「隣人を自分と同じように愛しなさい」ではなく「隣人を自分と同じように大切にせよ」と訳したかったそうです。これらの3つの「愛する」という単語の中で、アガペーの「愛する」を「大切にする」と訳したとしても、最も実践しづらく厳しいものですが、イエスは私と他者との関係の間にこれを求めているはずなのです。キリスト者として生きるということは常に自己変革を求められる生き方であると思います。 私はこれらの自分の経験を通して、自分自身の中に植え付けられている価値観、差別観、思いこみ、他者を否定する気持ちをハッキリと自覚することの大切さを学びました。「これでいいのだろうか?」と自分自身に問い続ける生き方をするということが大切なのですが、大学4年間でこのようなことを考え、感じ、メッセージをしていても、様々な場面で打ちひしがれる時があります。人間関係に悩み、時には批判にさらされたそのような時も「隣人を自分のように大切にする」というこの言葉がどこかにあったのではないかと思います。自分を大切にするべき存在として受け止めること、同じく他者を大切にするべき存在として受け止めること。真摯な議論から他者と自分の関係を築き、様々な違いがあってもお互いを「大切にする」ということに気づかされ、イエスの言葉が生きた言葉として迫ってきました。そして、その他者との関係の中から新たに問われ、行動に移すべきものがあることも気づかされました。このようなことを繰り返し、今後も続けていく意志や願いがイエスを信頼して歩む信仰なのではないかと考えます。 今回のメッセージでは語り尽くせない活動や、考えさせられたことも他に多々あります。特に、2005年8月にYWCA主催で開かれた韓国での文化交流ユースキャンプのことや今年の5月にアジアキリスト教協議会主催で開かれた台湾での東北アジア平和協議会に参加した時のことです。キリスト者として生きるという立場から、目の前に広がって見える世界はとてつもなく広く、大きく感じます。大学4年目という節目の時期に立ち、これからも自分と他者との関係の間に立つイエスの働きを信頼しながら歩んでいきたいと思います。 |