| ●共に築く(05年04月27日大学礼拝) / 片岡平和 |
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. 私はこの前の春休みの3月4日から15日まで、宗務部の呼びかけの元に集まった学生約20名と共に第24回目のタイワークキャンプに参加してきました。タイワークキャンプの大きな目的はタイのバンコクに次ぐ、第二の大都市、チェンマイの周辺にある村落に「教会を建てる」というものです。「タイに教会を建てに行く」と言うと、「キリスト教の?」と聞かれることもありました。確かにタイは全国民の94%が仏教徒である仏教国としても有名な国ですが、北部にはキリスト教の宣教師が移り住んで伝道を始めたという背景もあり、主にバプテスト系教派が北部には深く根ざしています。そのタイの北部の都市、チェンマイにあるパヤップ大学というキリスト教主義の大学とICUが提携して毎回のタイワークキャンプの企画・運営をしています。前回で24回目、24年目を迎え、来年の春の行われキャンプは25周年目の記念すべきキャンプになります。長く地道な道のりを通して、大変に大きな働きがなされています。 毎年、チェンマイ周辺の違う村落に教会を建てているのですが、今回はチェンマイよりもさらに北部のチェンライという地方にある村へ行きました。パヤップ大学からの学生参加者も20名ほど集まり、合計40名の大学生と教師で約4時間、車に揺られながら村へと向かいました。人口およそ100人の村へ大学生40名、そのうち日本人の大学生が20名来るのですから、村の人たちにとっては大きなニュースだったようでした。村の人たちが歓迎の式を用意してくれていて、私たちはとても手厚く歓迎されました。村の人たちは歌も踊りも大好きで、挨拶をすれば笑顔で返してくれる、とても心優しい人たちでした。ポール先生にはタイワークキャンプの準備会の段階で、電気も何もなく、日本とは全く違う生活を送る、と脅され、私は期待していったのですが、電気もあり、テレビもあり、洗濯機もあり、と半ば拍子抜けをしてしまいました。それでも本当にのどかな雰囲気が流れ、とても住みやすく感じた村は今でもまた訪れたい私のタイの故郷です。 タイワークキャンプとは教会を建てるワークキャンプなので、毎日の作業内容は、まさに土木作業そのものでした。砂利、砂、水とグループごとに分かれてバケツリレーで運び、エンジンの付いた機械を使ってセメントの粉と混ぜ合わせ、出来上がったセメントをバケツリレーで再び運び、教会の床となる所へ流します。このような作業が朝9時から午前中、午後1時から4時まで、と5日間繰り返されました。途中に休憩を挟むにしても、日中は27度ほどまで上がるタイの暑さは体に大きな負担となりました。しかし、夜になると学生によるレクリエーションが始まり、レクリエーションが終わる頃には、日中の疲れも吹き飛んでしまうほど楽しい時間をみんなで過ごしました。 そんな楽しいタイワークキャンプの毎回のテーマは“BUILD TOGETHER"というものです。日本語に訳すと、「共に築く」ということですが、いったい何を築こう、築いてもらいたいという願いが込められているのか、とタイワークキャンプに参加する前から考えていました。もちろん、一つは教会を建てるということです。この、教会を建てるということを私は楽しみにしていました。日本では自分達の手で何かを建てるということ自体、なかなかできるものでもなく、純粋に新鮮な体験をしてみたいと思ったからです。実際の作業は炎天下の中、想像以上に大変なものでしたが、参加者一人一人が教会を建てるという目標に向かって、真剣に作業をしていたことが今でも忘れられません。そのみんなで教会を作り上げるという思いが一つになったときに、それが祈りとなって今、この教会が作り上げられているのだと感じました。神による多くの働きを担う器である教会が私たち一人一人の思いによって建てられていると感じるときに、そのようにして世界にある全ての教会が祈りのうちにまた支えられていると確信しました。 私はこのような名前もあってなのか、平和を実現するためには世界中の人々が手を取り合って、仲良くできることが重要だと思うことが多くあります。そして、実際にタイに行くことで得た、人との出会いは私のその思いを具現化してくれました。より具体的に、現実的に人と出会って、相手のことを知る。確かに、初めは言葉もお互いにあまりよく理解できませんでしたが、生身の人間と人間との触れ合いは、言葉も超えた、むしろ言葉では表現し尽くせないようなものへと、変わっていきました。時には冗談を言い合いながら、本当に楽しい時間を過ごし、友情というもう一つの大事なものも築くことが出来ました。 これらの築くことが出来たものは、本当にかけがえのない大事なものばかりなのですが、さらにもう一つ、私が築くことの出来たものがあります。それは神に対する堅い信頼と信仰というものです。最後に村を出るとき、ホームスティ先の家族と共に輪になり、手を取り合って別れを告げたのですが、その時のホストマザーが言った言葉は一生忘れられないものです。本当はタイ語で話しかけられたので、詳しい内容は分からなかったのですが、「プラジャオ」という言葉は聞き取れることが出来ました。「プラジャオ」とはタイ語で「主」という意味です。その別れの言葉を聞いたときは「神様はいつも一緒にいてくれるよ。」と言いかけてくれたのだと、直感で理解することができました。私は覚えたての片言のタイ語で「カオジャイ、カオジャイ」(分かります、分かります。)と何度も話して、別れを告げました。その時に体を抱きしめられた強さは今でも鮮明に思い出されます。言葉もよく分からない私を快く迎えてくれて、お世話をしてくれたタイの家族と、神という存在を通して繋がっているという素晴らしさは神に対する私の一層の信頼を強めました。楽しかった思い出も、かけがえのない友情も、人との出会いも神によって与えられたことに感謝しています。お祈りのうちに覚えてくださった方々、またタイワークキャンプを支え、繋がってくださった全ての方々へ、深く感謝します。ありがとうございました。コックン、プラジャオ。(神様、ありがとう。) |